14話 告白
晴子
晴ちゃん?
呼ばれてはっとした。
立ち上がった彩ちゃんに同じ女性ながら見惚れてしまった。
温泉の湯気が彩ちゃんの姿を柔らかく包んでいた。身長が高く細い印象が強かったが、しなやかで整った姿は美しさだけでなく、どこか母性的な優しさを纏っている。
「上の段にいこう?」
「あ、うん。」
恥ずかしい。私は彩ちゃんのようにスタイルは良くないのだ。
ほったらかし温泉からの景色は相変わらず絶景だった。
目の前には甲府盆地が、その奥には美しい山々が見える。
街や山へゆっくりと動く雲の隙間から夕日が差し込んでいる。
目の前には富士山が雲から少し顔を出していて、やっぱり富士山は特別な山なんだな。と思う。
この施設には洗い場、内湯と露天風呂が二段ある。
上の段の露天風呂は暖かく下の段はぬるくなっている。
長風呂派には下の段が人気なようだ。
この温泉は日の出前から営業しているので、天気の良い日は富士山と甲府盆地と日の出を眺めながら温泉に浸かることが可能だ。
キャンプ場を散策、散歩した後彩ちゃんがご飯の前にお風呂入りたいというので、先にお風呂に入っている。
だけど、彩ちゃんは今日いつもよりふわふわしているというか、あまり元気がない。
疲れているのか、走行中のおしゃべりも昨日に比べると途切れ途切れだった。
ともかく私たちは絶景温泉を存分に満喫して、テントに戻った。
夜ご飯の準備はほとんど出来ている、といっても、米を炊いておいただけだけど。
まず、マルチグリドルの真ん中に炊いたご飯を丸く置き、周りに牛肉を並べる。
牛肉にブラックペッパーを多めにかける。
缶詰のコーンと刻みネギをご飯の上に掛けて、更に上に切れてるバターを載せる。
そう、ペッパーランチである。
2人で色々な角度から写真を取る。火を入れる前が一番映える料理だ。
バーナーを中火にして、炒めたら完成。少々こぼれるのはご愛嬌という事で、簡単料理の完全。
シエラカップに写して美味しく頂いた。彩ちゃんには辛さが足りなかったようだ。
私には中辛の焼肉のタレとブラックペッパーで充分辛い。彩ちゃんはあまり量を食べなかったので、残りは全て私が美味しく頂いた。
私がご飯の用意をしている間に彩ちゃんが焚き火の火をおこしてくれていた。
初めてなのにアッサリ出来てしまったようだ。ライター使ったとはいえ、さすが彩ちゃん。
焚き火の温かさが、じんわりと足元から体に染み込む。
はぜる薪の音が静かな夜に響き、目の前には甲府盆地の夜景が広がっていた。
関東が大変な時に結構な贅沢をしているようで、少し罪悪感を感じる。
この辺りはまだ電気も水も使えるし、携帯の電波もある。普段より渋滞は多いようだったが普通に暮らせている。
明日は大変だろう。おそらく途中で、電波は無くなるし、通行止めが多いので大渋滞もあるだろう。
自宅まで百km程だが、帰宅できるだろうか。
「不安になるよね。」
唐突に彩ちゃんが呟く。
「そうだね。
明日は・・・難しいかもしれない。」
と答えると、彩ちゃんがはっとした顔をする。ゆっくりと顔を上げて夜景を見つめる。
「あぁ、うん。そうだね。明日は、大変になるかもしれない。
・・・そうじゃなくて
・・・話しておきたいことがあるんだけど、私も今日知ったんだけど・・・
さっき薬局で・・・」
と言ったまま黙ってしまった。
私は黙って続きを待つ。
相当重大な事の気がする。
「・・・妊娠したみたいなんだよね。怪しいなとはうっすら思ってたんだけど、さっき薬局で検査の買ってやってみたら・・・
私どうしよう。浮気されて別れちゃったし・・・状況的に産むのは難しいのかな・・・」
私は驚いた。
・・・昨日も驚いたけど。
今日は鳩が豆鉄砲の実演をした気がするほどだ。
漠然とメンタルも体調も悪そうだと思っていたが、まさかの妊娠。大学もあと2年ある。という事は出産=大学を辞めると言うことになる。しかも彼氏とは別れてしまっているのでシングルマザーだ。
厳しい。余りにも厳しい。
だが、私にもとっても厳しい。厳しすぎない?
何とか言葉を捻り出して、出来るならば彩ちゃんをはげましたい。こんな時に使える漫画やアニメの名言は無いだろうか。
パッと思い出せたのは
「生殺与奪の権を他人に握らせるな」
シャレにならない。
このタイミングで言える訳がない。
「夢を追って破れて後悔するなら納得できる。
夢を追わなかったことに後悔したくない。」
リアルすぎる。
「俺は助けて貰わねぇと生きていけねぇ自信がある!」
それは私の事だ。
こんな時のために日々意識して覚えてきた漫画のセリフ達は全く役に立たない。
漫画が、ではなく私が使えない。
私が何も言えないでいると
「別に落ち込んでるわけじゃないんだけど、どうしようとかどうするべきだとか何も分かんなくて。頭から離れないんだよね。晴ちゃんだったならどうすると思う?」
「分からないよ。
私には彩ちゃんが分からないことが私に分かるわけがない。
彩ちゃんは小さい頃から何をやってもレベルが高くて。バレエも勉強も出来て、綺麗でやさしくて。彩ちゃんが解決出来ない問題は私には・・・」
「全然そんな事なくて私全然何も出来ないんだよ?つまづいてばっかり。勉強とか物を覚えるのは得意だけど。
バレエも人の何倍も練習してたし。看護実習でもバイトでも要領悪くて怒られてばかりで。
バイクの教習所でも何回も落ちたし。振られるし、妊娠するし。もう踏んだり蹴ったり。」
怒っているような悲しんでいるような、彩ちゃんは不思議な表情をした。その表情も美人だ。
夜景を眺めていたらパチンと焚き火の爆ぜる音がした。その瞬間足首に痛みが走る。
アツ!!と場違いなキャンプ場に響く。
彩ちゃんが泣き笑いのような表情をしてくれる。
「でもさ、多分なんとかなるよ。彩ちゃんなら。
私も近くに住んでるし、おばさんだって、おじさんだってウチのめんどくさい家族だってお金はないけど手伝える事はあると思う。ほら、休学とか出来るかもしれないし。
帰ったらおばさんと相談しよ。
元カレだってやり直したくなってるかもしれない。
それは彩ちゃんが嫌かな。
とにかくなんとか安全に帰らないとだね。」
そう言いながら、自分の足に出来た水膨れをみてため息をついた。
ほんと私転んでばっかりだな。
焚き火と夜景を眺めながら今思い出したドラえもんの中のセリフを小声で言う。
「君はこれからも何度もつまづく。でもそのたびに立ち直る強さももっているんだよ。」
とても恥ずかくなったので彩ちゃんのリアクションは見ないでおく。
それにしても彩ちゃんがつまづいてるとは。
それなら私は転びっぱなしだなと思った。
「そういえばさっき上の方にどこでもドアあったね。」
と彩ちゃんが少しだけ悪戯っぽく言った。
ほらまた転んだ。




