12話 悩み
晴子
困った。本当に良い案が思い浮かばない。
私は今、深刻な問題に直面している。
彩ちゃんに夜と明日の朝ごはんのメニューを一任されてしまったのである。
本人は隣の大型薬局へ行ってしまったため、私はスーパーの中で完全に取り残された状態だ。
私はそもそも料理のレパートリーが少ない。それに今回はバイクでのキャンプだから、調理器具も限られている。
持ってきたのはメスティン、小さな鍋、ホットサンドメーカー、それとマルチグリドル。
マルチグリドルとは、焦げ付きにくく、焼く・炒める・煮る・蒸すなど、幅広く使える薄い円形の鉄板のような調理器具だ。
こうして数えてみると、意外といろいろ持ってきていることに気づき、内心少し得意になる。
とはいえ、問題はメニューだ。
スーパーの広い店内を歩きながら、ぼんやりと棚を眺める。
店内にはほどよい冷房が効いていて、穏やかなBGMが流れている。
外の災害ムードとは裏腹に、店内の様子は平常そのもの。食料品の棚も、所々空白はあるが、ほとんど問題ないくらい揃っている。
電気も電波もあるし、まるで別世界のようだ。
まだ、関東の不便さを体感しては居ないけど。
何を作ろうか……
昨日はカレーを食べたし、今日のお昼にはほうとうを食べた。となると、パスタかラーメンか肉料理あたりが無難か。
でも、連日の麺類はさすがに飽きるかもしれない。
(主婦になると、毎日こんなふうに献立を考えなきゃいけないのか)
ふと、そんな無駄な想像をしてしまう。
レトルト食品のコーナーを見ていると、彩ちゃんの顔が頭に浮かぶ。
彼女は細かいところに気がつくし、食事に関しても適当に済ませるタイプではない。
私が何も考えずに適当に選んだものでも、彩ちゃんはちゃんと美味しく食べてくれるだろうけど、どうせなら彼女が喜ぶものを作りたい。
彩ちゃんは頭も良くて、顔もスタイルも抜群な上に、気遣いまでできる。
しかも、バレエも上手でピアノも高いレベルで弾ける。
正直、こんな完璧な人が失恋するなんて、世の中どうなってるんだろうと本気で思う。
後ろを振り返ると、缶詰コーナーが目に入った。
そこに並ぶコーンの缶詰を見た瞬間、ちょうど良いメニューを思い出した。
(よし、これでいこう)
必要なものを次々とカゴに入れ、ついでに朝ごはん用の食材も確保する。
中々いい感じだ。
食材を買い終えてレジへ向かいながら、私はふと思った。
こんな状況下でキャンプ場をハシゴするのは初めてだし、正直楽しみでもある。
しかも、次の目的地は、あの「ほったらかせキャンプ場」だ。
ここは予約困難な人気キャンプ場で、絶景で有名な温泉もある。
名物の「温玉揚げ」も楽しみだ。
オラ、ワクワクすっぞ!
心の中で密かに呟きながら、支払いを済ませ、食材をソフトクーラーに詰めていると、ちょうど彩ちゃんが戻ってきた。
でも、彼女の表情は明らかに暗い。
「……大丈夫?」
私は心配になって声をかけた。
彩ちゃんは少し疲れたような笑みを浮かべながら、「ちょっと疲れちゃったかも」と答える。
「バイクに長い時間乗るの、初めてだから」
なるほど。
私も、お尻や腰に少し違和感を感じている。
今日は長野から山梨まで約100km。
もうすでに3分の2ほど進んでいる。
昨日から合わせると、すでに300km近く走っていることになる。
キャンプや長距離ツーリングに慣れていないと、確かにしんどいかもしれない。
特に、精神的に。
「今日はあと少しだから、頑張ろう」
そう言って励ましながら、バイクの方へ向かう。
「どっかでお昼ご飯食べようか。何が食べたい?」
「うーん……要らないかな。まだあんまりお腹すいてないや」
「じゃあ、途中のコンビニで軽く何か食べよう」
そういう話になった。
ふと気づくと、お菓子やデザートをまったく買っていなかった。
私としたことが、メニューが決まったことで少し油断していたらしい。
キャンプの時は、カロリーや糖質なんて気にしないのが一番。
普段なら避けるようなハイカロリーなものを、「こんな時だから」とか「せっかくだから」と、言い訳しながら食べる背徳感は、キャンプの醍醐味のひとつだ。
焼き鳥を炭火で焼いたり、アップルパイを作ったり、普段とはちょっと違う食事を楽しめるのがキャンプの魅力でもある。
バイクを走らせながら、何気ない会話を交わす。
「そういえば、凪ちゃん可愛かったねぇ」
「ねー、めっちゃ可愛かった」
「アキラ君も同い年だよね?」
「うん、元気元気。うちのアキラも中々可愛いよぉ」
「ほぉ、聞かせてもらおうか……アキラの性能とやらを」
「フフッ、何のセリフだろ」
「この間、お母さんが見てた大河ドラマでさ
『敵は本能寺にあり!』
って言ってたのを聞いて、アキラが……」
「うん?」
「『てきはほんのりしおあじ!』ってドヤ顔で言ってた」
「……可愛すぎる」
「私の弟とは大違いだね。」
「そりゃ中3と4歳じゃね」
「もう180cm近くあってカワイーZEROですよ。」
笑い声が風に流れていく。
震災直後とは思えないほど、いつもの会話。
関東の状況とは裏腹に、私たちのバイクは明るい日差しの下を軽やかに走っていく。




