クロッカスの葛藤
気がついた。目が覚めるとそこは森の中。茂みに落ちたことで命拾いしたようだった。否、茂みに落ちた事も要因の一つだが、それともう1つ。彼女が庇ってくれたから生きているのである。
「シノア!」
彼女は自分を助ける為に身をていして庇ってくれていた。彼女の頭からは血が流れだしている。
それほど高い崖ではなかったがそれでも何も無いところに落ちたのなら致命傷を負うだろう。
「おい!シノア!起きろ!!」
シノアの身体を揺さぶってみるが反応はない。
やった!ついにやったのだ!復讐は成功した!!
「はず、……なのに……」
クロッカスの胸は痛みで張り裂けそうだった。
「なんで、僕を庇って……」
大嫌いだった。恨んでいた。当たり前だ。この女のせいで自分は没落した。使用人からは見放され、両親は自殺した。それでも、この日の為に。復讐の為に歯を食いしばって我慢した。どれだけ惨めでも情けなくても、僕は我慢した。なのに、なのにだ!何故今更この女は僕を助けようとしたんだ?!やめてくれ、覚悟が揺らぐ。
「シノア!」
この女を陥れる為に使用人にまでなって、今まで生きてきたのだ。どんな理不尽を突きつけられようとも耐えて耐えて耐えて来たのに……。こいつを油断させる為に恋人にまでなったのに!何故今更!
「僕を、……僕なんかを!なんで助けるんだよ!!」
気がつくとシノアを背負って走っていた。走る走る走る。シノアが死ぬより早く走る。病院に駆け込んだ。
「誰か!彼女を助けてくれ!!崖から落ちたんだ!!」
直ぐに処置が始まった。しばらくして医者が出てくる。
「彼女は?!シノアは?!」
「無事です。」
それを聞いてクロッカスは安堵した。
……あんなに殺したかったはずなのに、たった命を救われただけでどうして許せるだろうか。否、許せないだろう。
クロッカスは病室へと入る。
「シノア……お嬢様。」
「クロッカス。生きていてくれてありがとう。」
憎い。憎いのに……。
「どうして助けた?」
「どうして?自分の使用人ぐらい助けられなくて令嬢はつとまらないわ。」
「……本当のことを言え!僕への償いか?それとも僕に本気になった?」
「違うわ。」
「なら……何故」
「助けたかったから。それじゃダメ?」
この女の口からそんな言葉を聞く日がくるとは思わなかった。
「…………僕が誰か、分かっているか?」
「ええ、ヴィオレッタ伯爵のご子息。」
「そうだ、お前のせいで全てを失った男だ!!」
クロッカスは再びナイフを構えた。
「……私ね。死にたくないの。」
「っ!僕の両親を殺しておきながら何をっ!」
クロッカスはシノアを睨む。
「でもね、それ以上に、貴方には酷い事をしてしまったわ。だから、貴方になら、殺されてもいい。」
そう言ってシノアはナイフを受け入れようとする。
「?!」
クロッカスはナイフでシノアを刺すように振りかぶる。
しかし、その手は震えていた。
「…………」
「クロッカス……」
「お前さえ、いなければっ!!」
「……今までごめんなさい。」
「今までごめんなさい、だと?」
クロッカスは歯を食いしばる。
「お前のせいで、お前のせいで僕の人生は台無しだ!!」
「……ええ。償うわ。」
「…………」
少しの間、沈黙が流れる。クロッカスは黙って部屋を出ていった。しばらくしてアイ王子がやってきた。
「アイ王子?!何故ここに?」
「君がハンカチを落として行ったから返しにきたんだよ。まさか、大怪我をして入院しているとは思ってなかったけどね。」
「どうやってここを?」
「クロッカスが知らせてくれたよ。」
「クロッカスが?」
どういう事だろう?クロッカスはどうして私を助けて王子にまで連絡してくれたのだろう?
不思議に思っているとアイが口を開く。
「シノア」
「はい?なんでしょうか?」
「君が大怪我をしたとクロッカスは慌てていたよ。」
「え……?」
「クロッカスは君を想っているみたいだね。」
「え?」
「だから今ここで君に言っておくよ。」
「?」
「婚約を解消して欲しい。」