098 街道
八旗街道と呼ばれる大通りに差し掛かった。
あたかも大河のように、ゆっくりと輜重車の縦列が街道上を流れて行く。砲車や弾薬車も車列に混じっていた。解氷期の氷片の如く相集まり、ときに衝突し、あるいは故障により停止しながらも、全体としては徐々に進んでいる。
遠景に目を転じれば、春を運ぶといわれる強風が黄褐色の塵埃を巻き上げ、まるで火災の煙のように見えた。
疲れ果てた馬が斃れるたび車輌が横転し、罵声が飛び交った。
傷者を乗せた馬車に行き会って先を譲ったが、その車列の後に他の縦列が隙間無く続行してしまい、本道に戻れなくなってしまった。医療者としては傷者運搬を妨げることは出来ぬゆえ、当然のように道を譲ったところで、このような目に遭っている。
われらの縦列は混雑する街道に割り込むことが出来ず、停滞を余儀なくされていた。街道の両側は深く耕した畑であり、とうてい路外に車を進ませることは無理だった。
医長は通りかかった他の縦列の指揮官に、貫禄を示しながら話しかけた。
「貴官の所属は、どの軍団か。その軍団長は誰か?」
その指揮官が馬を停めると、その隊の輜重車も一時停止し、前車との間に若干の隙間が出来た。その隙間に、われらの主計官が輜重車を割り込ませた。
「ああ、呼び止めて済まなかった。もう用は足りた」
と、医長は平然とした表情で、呆れ顔になった他隊の指揮官に言った。
朝方に吹いていた強風は、昼前に収まった。右も左も降り積もった黄褐色の砂塵で覆い尽くされたなかを、各種入り交じった車輌は4列もしくは5列となって広い街道を埋め尽くしつつ、ゆっくりと流れて行く。歩兵は歩調をとって行進することをやめ、乱雑に歩いた。なにかの理由で停止する毎に前へ割り込まれてしまうので、われらの輜重車は三群に分かれてしまった。見失わないように注意しているが、少し前方へ様子見に駈けて行って戻ってくると、もう探すのが一苦労になってしまう。
まだ結氷期は過ぎておらず河川は凍結しており、徒歩なら川岸を上り下りして凍った川を踏み渡ることも出来るが、車輌を通行させるとなると橋梁を通過せねばどうにもならぬ。ゆえに、各所の橋梁で非常の大混雑が発生した。そして、各縦列は相争いながら、互いの前進を妨害し合った。彼方此方から悪口雑言と罵声が響き、殴り合う者たちもいた。
平素は不必要に威厳を示す高級指揮官たちは、こうした場面には登場しない。いまこそ威厳を以て兵卒たちを導くべきであろうに、いったい何処に消え失せてしまったのだろう。
後方からの砲声に混じって、銃声も聞こえてくるようになった。天幕布で荷台を覆った二輪の軽車に、重傷者が横たわっているらしい。医師として、少しでも役に立とうと思って荷台を覗き込むと、頭に巻いた繃帯は新しく、丁寧に処置を受けた様子だったが、軽車が少し動くだけでも首から先は力なく揺れ動いた。その顔は青白く、気の毒ながら長くは保たないだろう。
医師である私にとっては一人を救うことさえ難儀なことだ。今回の会戦で何万人の将兵が負傷したことだろうか。私は自分が戦地で見聞したことを、後世に伝えたいと強く思った。そのためにも、生きて、この眼でロシアの行く末を見届けたい。死ぬわけには行かぬ、という具合に生への執着が沸き起こってきた。




