091 招待
渾河堡では他の幾つかの野戦病院も別命を待って滞留していたせいで、屋根が備わった家屋は全部塞がっていた。われわれは土窟を掘って宿舎とせねばならなかった。この地で他の病院の医官と情報を交換したところ、ある聯隊から運ばれた傷者は1500名であったという。200床を定数とする遊動野戦病院が7個あっても足りない数だ。その聯隊が戦場に遺棄した戦死者は数を知らず、文字通りの全滅となったようで、聯隊長も戦死したという。
われわれに少し遅れてスルタノフの病院も渾河堡にやって来た。スルタノフは移転の度に恐ろしく不機嫌になったが、今回は特に渋面になっている。彼は土窟に住むのが嫌で、村落の端末で壁のみが残った家屋を占拠した。そこは厩舎だったらしく、悪臭が酷かった。彼の第一の仕事は、病院付の兵卒に命じて竈を造らせることで、第二の仕事は、料理人に自分と首席看護師の食事を作らせることだった。首席看護師すなわちスルタノフの姪なる者は、燻ぼった壁の上に天幕を張った新居を眺めて、悲しげに言った。
「昨日までいた家は、天井も壁も薔薇模様の壁紙で飾られ、床には敷物があったというのに……」
スルタノフは軍団長に電報を発した。
「当地に空き家なし。何処に宿営すべきや?」
私は、その電報を読んだ軍団長が何を思うかを想像した。指揮下のうち一個聯隊が全滅し、日本兵が突撃の兆しを見せているとの報知が幾つもあるなかで、スルタノフは快適な寝場所が無いと訴えているのだ。
暇を持て余したセルジュコフが、何処からか新鮮な噂話を仕入れてきた。なんと日本人が投げ文をして、われわれを謝肉祭の祝祭に招待するというのだ。その会場は奉天の中心街を指定しているというが、まだ奉天はロシア軍の支配下にある。日本人は2月25日の祝祭までに奉天を奪い取るつもりでいるようだ。そんな馬鹿話をしている間に、医長から呼び出しがあった。
「新命令じゃ。渾河の対岸に移り、後命を待てとのことじゃ」
ここまでの戦況は、どうなっているのか? 医長は内密にせよ、と断って
「日本軍の一部は中央を突破した。かつて滞在した蘇家屯は、いまや日本軍の占領下となっておるそうじゃ」
と、教えてくれた。
夕刻に至り、次なる命令が届いた。奉天東方の村落へ引き移るべし、ということだった。われわれは日没とともに出発した。砲煙か土埃か、残光が映し出す地平線は模糊としていた。渾河に架かる船橋の手前には長蛇の列が出来ており、まだ河水は凍っているが、川原へ下りる道が無いので橋を渡るよりほかになく、実に長く順番を待たされた。渡り終えたとき、既に黄昏を過ぎて夜となり、気味が悪いほど静かで、かつまた寒かった。
奉天旧市街の南門に達してから、旧市街の囲壁に添って東へ進んだ。非常に細かく、そして濃い埃が、目や鼻に入って呼吸が苦しくなった。これが黄砂という現象らしい。骨髄に達する寒気の中、天空に星光は輝いていた。手先、足先が冷えきって、感覚が麻痺しつつある。命令で指示された地点は見つからなかった。というよりも、目的地が地図上の位置には存在しなかったのだ。




