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敗戦1905  作者: 大豪寺凱
89/122

088 重傷

 スルタノフ病院の新参特志婦人カメネワの夫なる砲兵士官が重傷を負って搬送されてきた。彼は小高い所から味方砲兵の着弾を観測していたところ、日本軍の狙撃兵によって頭を撃たれたのだった。即死ではなかったのが既に奇跡というべき重傷だったが、カメネワはスルタノフ病院から馬で駈けつけ、まだ息のある内に会えた。


 食料調達に奉天停車場へ赴いた主計官は、多数の日本兵が捕虜となっているのを見た。最高司令官クロパトキンは、予備として奉天付近に拘置されていた全兵力を自ら指揮して西方に迂回した日本軍に対抗し、およそ3000の捕虜を得る華々しい戦果を挙げたという。


 夕刻に至り、わが病院にプチロフ陣地から規模大なる傷者運搬隊が到着した。ベトンで固めた砲郭の西側に二筋の塹壕があり、それぞれの塹壕に中隊規模の猟兵が位置していた。塹壕は太い角材を並べた上に、股まで達するほどに土を厚く盛り上げ、各所に土嚢を積んで銃眼を作ってあった。このプチロフ陣地は難攻不落で、何度も日本兵の突撃を撃退し続けてきた。昨夜も日本軍の突撃はこの塹壕によって足止めされ、砲郭からの速射砲で薙ぎ倒された。しかし、連日の如く降ってきた11インチの巨弾が、ついに塹壕を直撃したのだった。


 巨弾は一発で塹壕の頭上にあった土層も角材も粉微塵にして吹き飛ばし、その辺りにいた兵卒たちは消滅するか、もしくは四肢滅裂の肉塊になってしまった。砲煙が鎮まったとき、周囲には木片と肉片とが混ざり合って散らばっていた。弾着から少し離れたところには見るも無惨な重傷者が転がっており、そういった重傷者が一度にドッと運ばれてきたわけだ。


 重傷者たちには酷い火傷も見受けられ、迂闊に触れることが出来ない。寝台に寝かせるのは後にして、とりあえず床に寝藁を敷いた上に横たわらせた。砲弾の破片が頭部を貫通していたり、とうてい助かる見込みが無い者は後回しにした。その他の重傷者たちも一様に髪が焦げ、関節を押し潰されていた。巨弾の爆発で鼓膜を破られたらしく大部分は耳が聞こえず、大声で話しかけても反応が無い。


 比較的に元気な重傷者が一人いた。やはり耳は聞こえていないようだが、大声で喋った。

「俺は、彼奴らに顔を出すなと言ったのに、彼奴らは……」

 徐々に巨弾が落ちる位置が自分たちに近づいてくる恐怖に堪えられず、外の様子を見ようと銃眼から身を乗り出した刹那、巨弾が至近距離に降ってきたのだということだった。銃眼から顔を出した何人かは、すべて頭部が吹き飛んでいたそうだ。


 手術室には緊急に脚の切断が必要な狙撃兵が運び込まれた。顔面すべてに黒い焦げ跡が点々としていた。麻酔薬を掛けても直ぐには眠らず、仲間へ向けて、上官へ向けて、聯隊長に向けて、ありとあらゆる呪いの言葉を吐き続けた。日頃は抑え込んできた、暗黒なる透見すべからざる感情が、麻酔によって表に引き出されたというわけだ。

「俺たちロシア兵は、戦う相手を間違えているぞ。俺たちが倒すべきなのは日本の皇帝じゃねぇだろう。おいっ、おまえも判ってんだろう、おいっ!」

 私は答える代わりに強めに麻酔をかけ、彼を強引に眠らせた。

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