072 予知
わが病院付の兵卒たちは、誰もが平和を望んでいた。そのことを熱心に、飽きもせず、不思議に思うほど語り合っている。もしも何処かで歓喜の「ウラー」を聞きつけると和平の到来を喜んでいるのではないかと皆駆け寄っていって、そうではないと知るたびに落胆した様子で戻ってきた。
年が改まって1月半ばとなり、私の従卒は、不思議なことを言った。
「1月27日で戦争は終わります」
私は「あと一年も続くのかよ」と苦笑しつつ訊き返すと
「いえ、今月の27日です」
そして、得意然として、その根拠を語った。彼が転属する前にいた聯隊に預言者と名乗る兵卒がおり「戦争は1905年1月27日に終わる」と言ったらしい。その噂が中隊長の耳に入ると、預言した兵卒は罰として三日間の囚禁を申し渡された。聯隊長が囚禁前に罪状を確かめ、さらに三日間の延長を決めたところ
「いま聯隊長殿に、手紙が届きました。郵便局に届いておりますので、お早く開封なさいますように」
と、唐突に言い出した。
「なぜ、そんなに急がせるのか」
不審に思った聯隊長が問い返すと
「御兄弟に不幸があったようです」
などと冗談では済ませられないことを言った。ところが、郵便局に問い合わせると確かに手紙が届いており、しかも訃報だったという。
その預言者は、聯隊長に連れられて最高司令官クロパトキンと面談に及んだ。はじめ、最高司令官は一切の弁明を聞かず「風紀の紊乱ここに極まれり」と、一方的に連隊長と預言者とを叱りつけたそうだ。ところが
「いま、わが目の前で預言を的中させて見よ」
そのように最高司令官に命ぜられた兵卒は
「閣下は右胸に燐寸箱をお持ちで、その中に42本の燐寸があります」
と、間髪を入れずに応じたという。数えてみると燐寸は42本入っていたのだそうだ。最高司令官は、この兵卒に対する処分を保留した。
「すぐにも銃殺と考えていたが、いま暫く猶予しよう。そして、本当に今月27日に和平が成立したなら、おまえを見習士官に取り立ててやる。和平が成らなかった場合、そのときこそ銃殺だ」
と、最高司令官は申し渡したということだ。
わが病院でも、その聯隊から広まった和平の話題で持ちきりになった。冷え冷えとした土窟の病室で、入院中の兵卒たちは完爾として遠からず平和が到来すると語り合っていた。それを言い触らすと銃殺だとの噂も起こったが、
「言っているのは大勢だから、そんなに弾が無いだろう」
と言う者たちもいた。それなら絞首刑になるかもしれぬと私が言うと、兵卒たちは
「縄も足りませんよ」
と、大笑いした。
預言の影響は大きく、和平への期待は様々な変化をもたらした。これまで主計官は保存食6ヶ月の備蓄を目標としていたが、いまは3ヶ月分で充分だと言って、余分の缶詰類は消費して仕舞おうと言っている。和平が訪れたら復員の列車輸送を待つばかりだということだろうが、そうなっても待たされるのが3ヶ月で済むとは思えない。
私は預言を信じなかったが、人間というものは自然と平和を渇望する生き物なのかもしれないと思った。日本人と殺し合い、清国人を一方的に殺傷し、そんな戦場で正常な感覚を失ったロシア兵たちでさえ、心の底では和平の到来を待ち望んでいたのだ。それを私は嬉しく思った。




