066 金牌
師団軍医は、スルタノフから「軍団長の命ずるところによる」と断り書きを記した封書を受け取った。その中味は、スルタノフ病院に属する特志婦人、すなわち首席看護師たるスルタノフの姪と、シナイダ・アルカツェフナの両名に対し「熱心かつ身を犠牲にして傷病兵を看護せしにより」金牌を授与するよう上申するものだった。身を犠牲にしてというのは、いつぞや腸チフスに罹りハルピンに後送されたことを言うらしい。そして、いかにも「付随して」という風に、スルタノフ病院に属する他の看護師たちにも「傷病兵看護の功により」銀牌の授与を上申したのだった。
この稟申書に対し、師団軍医は「これら特志婦人両名が腸チフスで倒れたことにより、平素に数倍する負担を受けた正規看護師こそ金牌に相応しい」との意見を付記して軍団司令部に送った。
スルタノフが稟申書を上げたと聞くや、われらが医長もまた大急ぎで稟申書を書き上げた。医長は金銭に関して吝嗇だが、自分の財布に関わらないことでは気前が良い。わが病院に属する看護師および特志婦人のうち、すでに銀牌を授与されている者には金牌を、そのほかは全員に銀牌を授与すべきことを上申した。
これらの稟申書は速やかに進達せられ、認可が下りた。結局のところ、師団軍医が付記した意見は退けられ、スルタノフが望んだとおり例の姪には金牌が授与され、真に努力した正規看護師たちには銀牌が授与された。シナイダ・アルカツェフナも金牌を授与されたが、彼女は顔に喜色を浮かべながらも「公平ではないと思います」と、本音を漏らした。
彼女が不公平だとする中味は何であろう。ほとんど看護師として働いたことがないスルタノフの姪なる首席看護師が金牌を得たことだろうか。それはそうだ。本来ありもしない首席看護師という肩書を与えられ、スルタノフ以外の誰に対しても傲慢に振る舞い、高圧的な態度で業務に干渉して医療行為を妨げ、病院に従事する一同が首席看護師の外出を喜んでいるという、そのような人物が金牌だ。
それとも首席看護師の横暴なやり方に振り回されつつ、それでも黙々と業務をこなしている正規看護師たちが銀牌に留まったことが不公平だというのだろうか? それもそうだ。
後日、師団軍医は稟申書に付記した文言の控えを、スルタノフ病院の正規看護師たちに渡した。
「管見の限り、特志婦人の両名を腸チフスに感染せしを以て功労と為すべきにはあらず。寧ろ、その間に正規看護師が多大な業務を担いし事実こそ功労とすべきものとす」
裁定が下された以上、その紙片は、なんら効力のない紙屑に等しいものだが、師団司令部の日誌に編綴され、記録としては後世まで残るのだそうだ。
「力及ばず、申し訳ない」
師団軍医は真に済まなそうな顔つきで言った。
「お気持ちを、嬉しく思います」
正規看護師たちは穏やかな顔つきで応じた。そこへ、首席看護師が通りかかり
「あたくし、金牌だけでなく、聖ゲオルギー・リボンの徽章を頂かないことには納得がいきませんの。そうでないと、ここまで来た骨折り甲斐が無いではありませんか」
と、勢い込んで言った。
「あたくしの功労に相応しい徽章だと思いませんか、ねぇ、みなさん」
聞いていた一同は、呆れてものが言えぬという具合だったろう。私も、その一人だった。




