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敗戦1905  作者: 大豪寺凱
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063 譴責

 このところ、わが病院には病者ばかりが来て、稀に傷者が来る。これらの患者を入院させるべきか、本国への後送列車に引き継ぐべきか、はたまた原隊に復帰せしめるか、その判断をするのが実に困難な状況になってきた。医長に相談しても、医長自身が担当患者を後送するかどうかを決しかねている。


 軍団司令部の医官は、わが病院が病者を後送したと聞くと飛んできて、破れ鐘を叩くように

「諸君は病者を治療する気はないのか。何の為に医官、看護師、調剤官がおるのですか」

 と、怒声を張り上げる。


 しかしながら、わが病院は陸軍衛生長官の視察を受けた際、5日ほど入院している病者を見つけられてしまった。

「なぜ病者を野戦病院に長く留め置くのか。短期間の治療で原隊復帰が望めない場合は、後送するのが原則である」

 と、反論しがたい原則論で詰めてくる。


 陸軍衛生長官ドミトリー・フョードロヴィチ・トレポフは、わがロシア陸軍全体の衛生機関における最高長官だ。ツァーリの善き相談相手と目されている人物ながら、医療に関する最高責任者として適性があるかどうか、私にはわからない。過去に宮廷警備司令官を務めていたので、軍人としての実績は知られている。また、皇帝直属官房第三部という、秘密警察と申すべき部署に属した経歴があるとの噂がある。なるほど軍人として御立派な経歴ではあるが、医学や疫学といった分野に関しては素人同然だ。


 ある日、またしても衛生長官が病院を訪れ、案内も請わずに病室に入り、顔に長細い湿疹が出来ている兵卒に目を付けた。顔全体が赤く腫れ、ブツブツと盛り上がる腫れ物の頂部が裂けて表皮が剥けている。

「なぜ、隔離せんのだ!」

 という衛生長官の怒声を聞くや、医長が処置室から飛んできた。

「その兵卒は、伝染せぬ病気です」

 そう聞くと、衛生長官は安堵の色を見せながらも、不審げな表情をした。

 自分には理解し得ぬ医学上の問題にまで容喙し、何が問題なのかを弁えぬまま無茶苦茶に医官を譴責しようとしたのだ。衛生長官は沈黙したまま他の患者の方へ移り、病室を一巡したのち

「良く整頓されておる」

 と、わが病院への評価を医長に告げた。


 各部門の長官は、上位機関から視察を受けた場合、直ちに直属の司令部に報告し、同時に賞詞もしくは叱責を受けた内容を伝達する義務がある。それゆえ医長は師団司令部の軍医部長へ


 陸軍衛生長官の視察ありて「良く整頓されあり」との賞詞を受く。


 という報告書を上げた。その翌日、軍医部長は病院に来るや否や、激しく医長に食って掛かった。

「衛生長官は非常に御立腹であったぞ」

 伝染性疾患の患者の間近に立つことになったゆえ医長を譴責したと衛生長官から聞いているという。医長は驚いて軍医部長に事件の内容を説明した。


 まず、衛生長官が案内も求めず無断で病室に入ったこと。そのとき目を付けた患者が伝染性疾患ではなかったこと。そして、なにより肝腎なのは衛生長官が医学上の知識を持たぬこと。以上の点は、軍医部長が直ちに首肯した。

「そして、譴責されたことを報告書に記載しなかったことについて……」

 と、医長は言葉を繋いだ。衛生長官の如き顕官の医学上の勘違いを、職務上の書面において指摘せざるを得ないとするならば、甚だ遺憾であると。


「なるほど、なるほど」

 と、軍医部長は大いに納得し「譴責は報告に及ばず」と医長に告げた。

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