061 将校
戦闘線に於いて、将校は大いに不足していた。突撃に際して陣頭に立つ少尉、中尉などは死傷が多い。軽傷ならば野戦病院で治療後に第一線に復帰せしめる。重傷なら列車で本国へ後送するわけだが、月毎に最高司令部から示される後送の基準は厳しくなった。われわれ野戦病院の医官にとっても、将校の後送には面倒な手続きを要求されるようになって、実に煩わしい。
第一線から将校が診察を受けに来る。いまは戦闘が少ないゆえ、ほとんど傷者はおらず、病者ばかりだ。塹壕のなかで痩せ我慢を続けた挙げ句、すっかり重症患者となって担ぎ込まれる将校もいれば、自分の足で病院まで歩いて来るような軽症の将校も少なくない。
この戦争の当初から現地軍に居た将校の大多数は、心身ともに疲労しきっているが、生きて本国へ還る望みを諦めている者も多い。そういう将校は、戦死こそが幸福であるとして待ち設けているのだ。彼らが恐れるのは、手や足を失うほどの重傷を負って本国へ後送されることだ。身体が不自由となっては、妻や子に介助を求めることになる。それを嫌って、手足を失ったあと、退院してから拳銃で自殺してしまう将校も珍しくない。せっかく救った生命なのに。
戦争の初期から現地軍にいて、いまなお健全なる将校は、ほぼすべて後方勤務だ。たいがいの場合、後方勤務の将校は戦闘に従事する将校よりも俸給が高く、役得もある。各種病院の会計科の主計官は将校だし、鉄道に於いては停車場司令や輸送指揮官なども軍服を着た将校だ。そして、需品倉庫、弾薬庫、搬送隊、輸送隊などを指揮するのも将校なのだ。
これらは将校として正規の教育を受けたうえで、従事すべき各業務についても専門教育を受けている。むしろ、第一線に立つ部隊では、戦時昇任で下士官から取り立てられた見習士官が多く、それらは正規の士官学校の課程を経ていない。つまりは、戦闘線の各中隊は下士官あがりの見習士官が指揮を執り、後方勤務の部署では士官学校を出た正規の将校が事務員がやるような仕事に就いている。わが病院に於いても、患者用被服の員数を点検し、病者給養のための菓子類を吟味する主計官が、士官学校を出た将校だったことを思い出した。
ある日、師団長が不意に病院を訪れた際、そのとき私服姿であった主計官に
「最高司令官より、健全なる将校は第一線に転ずべしとの通達があった」
という趣旨で、病院に勤務する将校は誰がいるかと訊いた。主計官は、おそるおそる「自分は将校です」と答えねばならなかった。
「不日、貴官も第一線勤務に就くだろう」
と、師団長は主計官に予告し、どの歩兵聯隊を希望するか、望みに任せるという、有り難い言葉を与えた。主計官の顔は青ざめ、膝を震わせながら
「のちほど、希望の聯隊をお伝えします」
そのようなことを弱々しい声で返事をした。
「閣下、この者は第一線で役に立つ将校ではありませぬ」
医長が口を挟んだ。榴弾と榴霰弾の区別も明らかでなく、機関銃という新兵器についても知識が足りず、また、極端なほどの臆病さゆえ陣頭に立って突撃するなど思いも寄らぬ、ということを師団長に告げた。
師団長は眼鏡越しに主計官を見据えていたが、医長に臆病だと言われたときに毫末も不満に思わぬ様子を見ていた。
「臆病と言われて怒り出さないようでは、第一線部隊の将校は務まらぬ。しかしだな、吾輩は最高司令官の求めに応ずる必要がある」
とのことで、あらためて主計官に転属を希望する聯隊を選ぶように命じた。




