059 配当
わが病院に、抜き打ちで会計監査が入った。監査委員が属僚を引き連れ、早朝から深更に至るまで事務室に詰めきり、各種帳簿類ならびに伝票類を熱心に点検している。なかでも資金前渡および私金立替に関することは念入りに調べているようだが、私は会計に関する基礎知識を備えておらぬので、何を「車両」に分類すべきで、何を「運搬具」に分類すべきか等という、会計科目を繞る談義には加われずにいた。
この日、私は主計官の軍服姿を初めて見た気がした。列車移動中には軍服姿でいたはずだが、なんら記憶に無いのだ。私は彼を将校待遇の文官だとばかり思うておったが、武官であったとは実に驚いた。医長と、珍しくも軍服に着替えた主計官とが、監査委員に対して熱心に帳簿や伝票の記載内容について説明した。その結果、診察室で用いる車輪を備えた移動棚は、台帳では運搬具の項目に記載されるべきであり、たとえ車輪を備えていても車両に分類すべきでない、というような問題が幾つか指摘された。
わが病院に属する者は、末端の兵卒に至るまで、病院で調達する物品の大半は所謂ところの軍隊相場で、対価を払うことなく入手したと知っている。会計監査で指摘されるべきことは、その点こそなのだが、どうしたものか、そういった方向へは話題が向かなかった。
日頃、主計官は奉天まで出向いては、清国人を呼び止めて東洋の文字での署名を求めている。その紙を、あとから随意の金額に対する領収書に見せかけるためのことだ。監査委員とて、東洋の筆で書かれた東洋の文字を読めぬから、律儀に領収書を点検しても、署名から不審な点を見抜くことは無理だ。而して、帳簿の記載と領収書の金額とが合致しておれば、指摘すべきことは無いと判断する。
結局のところ、監査委員は些末な問題を一つ指摘したのみで去って行った。すなわち、診察室の移動棚を運搬具として分類すべく訂正させられただけで、ほかには何も波乱は起きなかった。
「あいつらの目は節穴ですな」
と、私の耳に囁いたのは、主計官の部下である書記だった。かつて歩兵聯隊の会計科長を歓待して錬金術の奥儀を伝授させたとき、医長から退席させられた男だ。
「まあ、ご覧なさい」
と、示したのは牡牛1頭を購入した際の伝票だ。
「おっ、廉いじゃないか」
僅か85ルーブルで調達できたことになっており、この額であれば会計監査でも贅沢とは言われまい。病院のこととて、傷病者に対する給養については戦闘部隊の給養とは基準も異なる。
「問題は、解体されたはずの牛が、いまも生きていることでして」
書記が言うには、当初は正規の手続きにて資金前渡を受けて調達したとして帳簿に記載されているが、その牛を解体して別な牛を購入したかのように見せかけて、代金を着服しているというのだ。われらが医長なら、やりそうなことだ。
「けれども、私には一切の分け前が無いのです」
と、不満を漏らした。
「御記憶でしょうか、歩兵聯隊の会計科長を招いたときのことを」
あのとき退席させられたことを、この書記は根に持っているらしい。会計科長もまた、着服のためではないにせよ、不正な手段で会計処理をしている。それを続けるため、部下に対しては若干の配当を与えて口止めし、上司に対しては賄賂を使うこともある。だのに、けちんぼダヴィドフは、自分に配当を与えない……おおよそ、そんな鬱憤を私に打ち明けた。
この書記は、私のことを「不正を憎む堅物」と見做しており、ともに医長の不正を告発しようではないかと持ちかけるつもりなのだろうか。それは些か見当違いだと言わざるを得ない。




