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敗戦1905  作者: 大豪寺凱
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048 仏罰

 わが病院に、軍団命令が下った。

「西方に向かい、梅太台に至れ」

 同じ命令が、スルタノフが属する病院にも下り、あの名目だけの首席看護師であるスルタノフの姪は非常に悦んだ。彼女は、命令を伝えに来た軍団長の副官に対し、「お伝えください。軍団長閣下へ深甚の感謝を」と、念入りに依頼した。


 梅太台は、現位置から徒歩で30分ほどの位置だから、早朝に引っ越しを始めたなら、当日中に終わらせることが出来るだろう。わが病院は、まだ夜が明けきらぬうちから備品の梱包を始めたが、お隣さんのスルタノフは、悠々と朝の珈琲を嗜んでいた。


 わが病院の医長は、私が強く反対したにも拘わらず、いま占拠している民家から調度品を持ち去ろうとしている。美麗な彫刻が施された黒檀の茶卓や、座面が低い腰掛けの幾つかに加え、ことに貴重であろう金の金具で装飾された小型の箪笥などを輜重車に積み込ませた。挙げ句には、火鉢という東洋の小型暖房具に使用するとて、竈の灰まで袋に詰めて持ち去った。


 あらかた医長の私物を輜重車に運び込んだのち、小型の箪笥のようなものは、先祖の霊を祀るために作られた異教の祭壇であると判明した。それを聞いて、さしもの医長も少しく後悔の念を口にしたが、戻すつもりはさらに無かった。


 比較的大きな村落である梅太台は、二筋の大通りが中心部を挟み込んでおり、道に面した商店や家屋は全部が空き家になっていた。ほぼ全ての建物に屋根はなく、土壁には四角く黒い穴が大欠伸をしている。家屋の戸や窓は悉く斧で破られていたが、まったく手つかずで破壊を免れた煉瓦建てが一列に並んでおり、その外には衛兵が立っている。


 われらの医長が、

「この家屋には誰がいるのか」

 と、衛兵に質したところ、今朝まで軍団長の宿舎として使用していたとのことだった。そして、この家屋は野戦病院の医官スルタノフに譲るため、他の者が占拠しないように衛兵を立たせているということらしい。


 さしもの医長も、軍団長が相手では例の魔術を用い難いと見えて、この家屋を占拠することは早々に諦めたようだ。主計官が村内を歩き回り、スルタノフが占拠する家屋の二つ隣に、湫陋ながら屋根と壁が残っている小屋を見つけ出し、そこを本部としつつ、周囲の畑の上に天幕を張ることとした。病院付きの兵卒たちは小屋を掃除し、破られた窓に紙を貼った。わが敵国たる日本では、家屋の仕切りとして紙を貼った建具を多用すると聞いたことがあるが、たとえ紙一枚でも風の侵入を防げることがわかった。しかるに清国では紙を用いた建具は見掛けない。どうやら紙を建具に多用するのは日本独自の風習らしい。


 天幕の設営を終えたあと、スルタノフが入居する美麗な家屋を見に行ったところ、大きく、広く、また便利よく造られている建物だった。おそらく、土地の名士が住む館であったろう。立哨する兵卒によると、軍団長が入居するに際して司令部中隊が総出で家屋の手入れをしたという。あのスルタノフの姪で、勤務を免除された首席看護師が軍団長に深甚の感謝を伝えた、その意味がわかった。この快適な生活が約束された住環境を手に入れることが出来るからだったのだ。


 わが医長の従卒が、掃除を済ませた小屋へ輜重車から行李を運び込もうとしたところ、白馬に跨がったスルタノフが通りかかった。

「その荷物は、誰のかね」

 と、怒気を含んで言い放った。その小屋も含めて、宿舎の周囲すべての建物は自分が軍団長から譲られたものだというのだった。そこへ、スルタノフの姪も急いで駆けつけて、ほとんど常軌を逸した勢いで

「この村すべて、軍団長が私のために譲ってくださったのです」

 と、言い張った。彼女の早口は、ときにフランス語になったりして、何を言っているのか聞き取れなかった。


 私は心中密かに、このような災難に遭うのは、異教の祭壇を奪ったことにより東洋の神々の怒りを買ったせいではないかと思った。

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