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敗戦1905  作者: 大豪寺凱
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046 孤島

 わが軍が占拠する支配地域は、ほぼすべて破壊と殺戮と略奪とが平然と行われつつある。あたかも腐った水で満たされた魔界の海を見るような、おぞましき光景が四周を覆っている。同僚医官セルジュコフが言及した、略奪や破壊を厳禁した他の師団の野戦病院などは、絶海の孤島と呼ぶべき存在だろう。その孤島を成り立たせているのは、その病院の医長や主計官が清廉潔白という良観念を持ち、清国人の生命財産を好きに処分して良いなどとは思わぬことに起因する。


 本来、それは格別に不思議なことではなかろう。わが祖国の敵は日本であって清国ではない。両軍とも清国の領土に踏み込んで戦っているわけだが、両軍いずれも清国を相手に戦っているわけではない。いわば、第三者の家の庭先で殴り合っているのであって、その家主に対して遺恨もなにも無いはずなのだ。


 ある日、私は、その病院の位置する村落を通りかかったが、実に驚いたことに家屋も農地も破壊の跡が見られなかった。戸や窓を無理に開けようと壊した形跡がなく、穀物は畑で干したまま手つかずになっていた。道端では子供らが遊びまわり、農婦は恐れの色も見せずに往来し、農夫は愉快そうに笑みを湛えながら収穫の作業に励んでいた。


 異教の寺院の門前には病院から差し向けた衛兵が立ち、日夜を問わず巡邏の兵卒が村落を見回り、しばしば不心得者を取り押さえては収禁した。収禁された兵卒は「なぜだ?」と不思議に思っており、そして異口同音に「おまえはどちらの味方か?」と反発するという。


 われわれロシア人には、清国人と日本人の見分けがつかない。弁髪を結っているのが清国人だと判別しているが、それさえ無ければ同じに見える。とはいえ、日本人は敵国民であって、清国人は中立国の国民だという違いは現にある。ロシア人が清国人を敵視する謂れはないのだ。


 略奪が厳禁されている村落では、ロシア兵と清国人との関係は如何にも親密そうに見えた。わが病院では日用品の入手に困るほど、清国商人と接触することが難しい。ところが、この病院では何でも日用品が揃っている。この病院の主計官が村人に相談を持ちかければ、恰も魔法で取り出したかのように要求された物品を持ってくるという。この病院が村落の要所に衛兵を配置したせいで、この村が馬賊に襲われることがなくなり、ロシア兵の駐屯を歓迎しているからだそうだ。


 わがロシア軍が病んでいるのは、軍紀欠乏症だ。軍紀が末梢に至るまで充分に分泌されるなら、この村落のようにロシア軍の支配地域では安全と利便とを得ることが出来よう。わが病院の兵卒などは、夜中に使いに出されたときに武装しなければ無事には戻れまい。ロシア兵に家を壊され、財産を奪われ、家族を殺された清国人が、丸腰のロシア兵を見過ごしにするとは思えないからだ。


 聞くところによれば、日本軍の支配地域では住民に対する略奪や殺戮は少ないらしい。だとすればロシア軍の支配地域に住む清国人は、一日も早く日本軍が占領し、支配することを望んでいるはずだ。馬賊でさえも、自分たちの獲物である村落を根絶やしにしかねないロシア兵を憎んでいるだろう。彼ら馬賊が日本軍に協力する場合もあるというのは、ただの噂ではないように思えてならないのだ。

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