表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
敗戦1905  作者: 大豪寺凱
46/122

045 醜行

 わが病院が駐屯する村落では、日ごとに家屋が破壊されていった。戸や窓を壊されるばかりでなく屋根までが剥がされ、土壁ばかりが残された。そして床には割れた陶片が散乱していた。村落には清国人の影もなく、犬さえ居なくなった。


 隣村の朽ちかけた土小屋の中に、清国人の老婆が病身を横たえていた。息子は老婆を連れて逃げようとしたが、コサックに騾馬を奪われてしまったため、運ぶ手段を失って此処に留まっている。その母子のことを私は気に掛けていたが、息子は母を刺殺して村から姿を消したということを聞いた。


 あるとき、わが病院が占有する家屋の家主が奉天から帰ってきた。無事なのは母屋ばかりで離れや物置が壊されているのを見ると、声を上げて泣いた。そして彼は無理に笑顔をつくり、われわれに対して非常に丁寧な会釈をし、母屋の地下の穴蔵に入った。そして、出てきたときは驚きと落胆とを全身で示していた。


 その日の夕刻、家主が野菜畑のなかにあった大きな切り株に腰掛けて言うには、避難先に居る妻と三人の子のために蓄えておいた米を取りに戻ったということだった。奉天市街には家主と同様に避難してきた清国人が寄り集まっている。いずれもロシア軍に追い立てられ、あるいは隣近所の住民が理由もなく殺されるのを見て危険を感じ、奉天へ移ってきているのだ。にわかに人口が増えたことで家賃は高騰し、物価も値上がりした。むしろ現金よりも米や黄梁のような穀物が取引をするのに有利だということだった。

「もしコサックに見つかったら首を刎ねられてしまうぞ」

 看護卒が家主に忠告したが

「私は少しも怖くない」

 と、家主は平気な顔で答えた。そして、日が暮れる頃、立ち去った。


 夕食後、医長は大息しつつ語り始めた。

「どのみち俺は地獄に落ちるだろう」

 自分が悪であるという自覚は充分にあるらしい。落ちるとしても、地獄の釜の最も熱く煮えたぎるところへ落ちるだろうと言った。

「今日、ここの家主が穴蔵に蓄えていた米を取りに戻ったが、もうとっくに病院附きの兵卒が見つけ出して奪ってしまい、今夜の夕食に出たのが最後の一袋だったようだ」

 その奪った米を、例によって主計官が領収書を偽造して正価で買い取ったことにしたというのだろう。私は医長に問うてみた。

「それを知りながら、黙って居たのですね」

 医長は不安げに

「いや、知ったのは、つい先刻のことだ」

 と、惚けて見せた。それに対し同僚の医官セルジュコフは

「知ってか知らずかを問わず、貴下(あなた)に責任はあるでしょう」

 セルジュコフが言うには、此処から遠くない場所にある他の師団の野戦病院では主計官が「すべて略奪は、軍法会議に付す」と厳達したという。もちろん、略奪を防ぐため兵卒への給養は充分にやっている、ということだった。それを聞いて、一座は静まりかえった。医長は大きく嘆息して

「全体、揉め事を収めようとする際、戦争以外の手段を選べるなら、その方が良いぞ。しょせん戦争には醜行害悪のほか、何も無いのじゃ」

 と、開き直った。戦争を選んだのはツァーリだ。つまりはツァーリこそ元凶ではないかと暗に示したつもりだろう。


 会食を終えると、給仕をしていた従卒らが苦笑していた。医長は穴蔵に米が蓄えられていたことも、それを兵卒らが持ち出したことも知っていて、その兵卒らに20コペークずつ与えたうえで米を受け取り、その米は、わが野戦病院の食事に使われているということだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ