034 悪役
医長は顔見知りの将校と行き会って道を尋ね、きょうも案内人を雇わずに移動し始めた。われわれは医長を乗せた馬を追躡するのみだ。しばらく進むと、またもや輜重車の心棒が折れ、驚いた馬が暴れて荷が崩れてしまった。それらを再び輜重車に乗せるなどし、われわれは漸くにして沙河屯に達した。師団司令部で待っていたのは、新たな前進命令だった。われわれは蘇家屯停車場まで行かねばならぬこととなった。
一息入れることもなく、われわれは出発した。舟を浮かべた上に板を渡した浮橋を通り、幾つかの村落を過ぎ、雨で増水した小川を徒渉した。徒歩の兵卒は腹まで水に浸かりながら、泥塗れの輜重車を牽く馬を扶けた。
この辺り一帯は、四囲みな畑である。収穫時期のこととて、黒い大きな黄梁や稗の堆積があった。輜重車の後を追っている私は、兵卒たちが畑の中に入り込み、素早く穀物の束を掴み獲って、何食わぬ顔で列に駆け戻るのを見た。一人が戻ったかと思うと、別の一人が畑に飛び込む。
「あれを兵卒たちに許可なさったので?」
私は医長に問いかけた。
「何をかな?」
医長は私の言うことを解しかねる如く聞き返した。
「清国人の畑から収穫物を持ち去ることです」
そう聞くと、医長は馬の足を速め、そこに居合わせた曹長を呼びつけた。
「あれを止めさせろ」
医長は、そう命じた後、私を顧みて、芝居の悪役じみた声色で凄んで見せた。
「ドクトル。貴官は今後、ああいうものを見ぬが良かろう」
そこへ、戻ってきた曹長が声高く復命した。
「もうやらせません。すでに糧食の足し前にするには充分であります」
輜重車の上には、黄金色の稗の束が山と積まれていた。
夕刻に至り、われわれは蘇家屯停車場に到着し、線路を載せた築堤の東側に露営した。ここで聞く砲声は、だいぶ近い。そして砲弾が風を切る音も聞こえた。また、北へ向かう後送用の病院列車も見た。日が暮れかけると、遠く南方の空に榴霰弾の火炎が電光のように見えて、いまや戦闘は酣と思わせられた。私は全身が緊張に包まれた如く感じていた。
翌日、われわれは鉄道線路の西側にある小基津堡に病院を開設せよとの命令を受けた。その地点に達すると、家財を荷車に積んだ清国人が慌ただしく家から出てきたのを見た。車の上には顔を隠した清国人女性が乗っていた。従者と思しき一人は、歩く毎に撓る天秤棒の両側に円い笊を提げて担っていた。笊の上には黒い小さな弁髪を結った子供が、仏像のように膝を組んでいた。その父親らしき男は憂い顔をしていたが、子供は円く肥えた顔を私に向け、黒い眼で珍しそうにロシア人の顔を眺めていた。
われわれの輜重車は、大きな白楊樹に囲まれた野菜畑の上に止まり、其処へ天幕を張った。同じ師団に属するスルタノフが勤務している病院も、昨夜すでに到着しており、先に幕営していた。




