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敗戦1905  作者: 大豪寺凱
31/105

030 功名

 夕刻に至り、ダゲスタン兵15名が運ばれてきたのが、われわれの病院では初の戦闘による負傷者の受け入れだった。わが軍団も、いよいよ会戦に参加したようだ。薄赤色の頭巾を被ったダゲスタン兵たちは、その殆どが瀕死の重傷だった。皮膚は灰色となり果て、微かに呼吸はあるものの、ほぼ屍体を見るのと同様だった。これら負傷者の指揮官も腕に傷を受けていたが、日本兵を撃退したのだと昂奮気味に話していた。

「損害は少なくないが、われわれは日本兵を撃退したのです」

 と、それのみを訴え続けていた。


 医官、看護師は多数の患者のために忙殺されていたので、入院患者で軽傷の将校らが彼の功名話を聴いてやった。そういった手柄話を聞き飽きているはずの将校たちも、彼の身振り手振りを交えた語り口に、好奇と同情を向け始めていた。危険な最前線から生還したというだけで、彼には後光が射している。


 派手に武勇譚を打ち上げる彼の傍らで、他の患者たちが哀しげな顔で沈黙しているのが見えた。そのとき、あのウスリー出身の若い大尉が後送を拒んだことを私は思い起こした。活躍の機会を失った武人の心理とは、斯くも哀しいものなのだということを、ようやく私は察することが出来た。


 結局のところ、総督の視察は無かった。代わりに負傷将校の見舞として副官が差遣されたのだった。また、軍の病院よりも設備が充実した赤十字病院から使者が来て、将校待遇の患者を引き取ってもらうことになり、早速、該当者は担架で搬送されて行った。武勲を挙げて名誉の負傷を遂げた者さえ入院すれば後送の順番を待つのみだから、後送列車に乗るまで僅かな期間を設備の良い病院で過ごせることは、彼らにとって幸いだろう。


 軍隊のなかで、病者こそは哀れな存在だ。戦力になり得ないゆえ尊重されることはなく、感染症に罹患した者は疫病神のように遠ざけられる。それに加えて一般社会に戻って無事平穏な生活に戻れるかどうかも問題だ。病気で後送されたと知れば、一般の人々は彼らを軽侮せずにはおくまい。戦争物語のなかで病者は面白みのない端役に過ぎない。赫奕たる戦争の舞台の道具立てのなかで、まったく目に映らないほどの存在なのだ。


 きょうのように上層部からの見舞や慰問がある際、傷者は丁寧な扱いを受けるとしても、病者に対しては廠舎の外から窓に一瞥を与えるに過ぎない。満床ともなれば毎日のように高等司令部からの慰問が来るが、その際も病者へは舎外から一瞥くれるだけなのだ。


 後送する順番も傷者が優先され、病者は後回しとなる。ことに伝染する危険の無い病者は病院列車が受け入れを拒むことさえあった。極力、野戦病院において快復させ、再戦力化せよということなのだ。もし、病院列車に一人も傷者が収容されなかった場合、出発は見送られる。


 斯くも哀れな病者らよ。詐病でない限り、誰しも好んで病になる者はないはずなのに、軍において病者の境遇は惨憺たるものだと、嘆息せざるを得ない。

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