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敗戦1905  作者: 大豪寺凱
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002 劣勢

 開戦以来、連日のごとく戦場での様々な英雄譚が新聞紙上を賑わした。異教徒である日本兵に対し、神聖なるロシア正教によって神の加護を受けたロシア兵の精神的優越が力説されている。


 しかしながら、報道される戦況を鑑みれば、緒戦における日本側の優勢は覆い隠すことが出来なかった。陸においては各所で後退を続けているし、海においては開戦早々に巡洋艦を沈められて以来、軍港に引き籠もってばかりで日本軍の海上輸送を妨げることが出来ていない。


 陸軍大臣だったアレクセイ・ニコラエヴィッチ・クロパトキンは勅令を受けて現地軍司令官となって、すでに極東にいる。また、ロシア海軍の期待を担いつつ太平洋艦隊司令長官に就任した提督ステパン・オーシポヴィチ・マカロフは、シベリア鉄道の乗客となった。二人は、いずれ劣らぬ名将という評判であり、わが軍としては日本軍を侮っていないことが示された。


 指揮官は送ったとて、陸軍の何個軍団かを鉄道輸送するのには何ヶ月かを要するし、海軍の艦隊戦力を太平洋へ回航するのには、さらに時間がかかる。それら増援が届くまで、いま現地にある戦力だけで日本軍に応対せねばならぬのだ。


 日本軍もまた戦場と本国との間に海を挟んでいるゆえ、兵士を輸送するために輸送船が必要であり、かつまた輸送船を安全に通航させるために軍艦が必要だ。海を挟んでの戦争は、さほど豊かでない新興国日本にとって、さぞや荷が重かろうが、時間の経過は長時日を要する鉄道輸送による増強を図るロシア軍に利を与えることから、日本軍は最初から本腰を入れてかかってきているようだ。朝鮮半島の付け根から遼東半島へ鴨緑江を押し渡ってきたかと思えば、別の一団が遼東半島南岸に上陸して、旅順へ続く鉄道路線を脅かしつつある。そうした戦況が、戦場から数千里を隔てたモスクワにも電信により迅速に伝わり、翌朝には新聞記事となった。科学万能の時代が訪れようとしている。


 はるばるシベリアを横断したマカロフは、旅順に到着すると早速、艦隊を率いて積極的に出撃することで日本艦隊を牽制した。輸送船を守らねばならぬ日本艦隊としては、なんとしても対馬海峡の安全を確保すべきであり、マカロフには温和しくしていて貰わねばならない。マカロフは日本艦隊にとって恐るべき相手だったが、不運にもマカロフが乗っていた戦艦「ペトロパヴロフスク」は機雷に触れて海の藻屑と成り果てた。マカロフは、あえなく運命を共にした。


 また、陸上においても旅順へ続く鉄道線路がいよいよ日本軍によって遮断され、旅順に増援や物資を届ける術を失ったとのことで、あいつぐ悲報に意気消沈したのだろう、旅順艦隊は湾内の奥深くに身を潜めるばかりとなった。


 これらの戦況とともに、新聞各紙は勇敢なるロシア兵の英雄譚を伝えている。「少尉某はサーベルで格闘して日本兵10人を倒した」とか、「大尉某は敵陣深く潜入、敵状を視察して重要な情報を伝えた」とか、そのような個人的武功を「ロシアの軍人精神を世界に示した」とて、仰々しく書き連ねた。


 しかし、日本人は、幾度かの会戦で勝利を重ねることで、一語を発するまでもなく「日本軍優勢」を世界に示した。その印象を幾つかの個人的武功によって覆すなど、出来ぬことだ。 

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