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敗戦1905  作者: 大豪寺凱
28/122

027 博愛

 長い汽車旅を共にしていた間、目の覚めるような美人でもなく、取り立てて特徴が無くて面白みに欠けると感じていた私の看護師たちが、病院を開設した途端に甲斐甲斐しく働き始めた。病院を開設して初めて迎えた夜、自分たちも長旅の疲れがあるだろうに、さっそく赤十字の前掛けをして彼方此方を歩いて見回りながら、患者たちに苦労して沸かした湯で淹れた茶を分配し、パンを渡し、重傷者には食事の介添えもした。立ち働く姿は神々しく、また美しく、まるで別人ではないかと思わされる。


「伺いますが、チェルケス人を入院させましたか?」

 と、看護師の一人が、私に尋ねた。その患者についてきた戦友が傍らに寝ていて、どうしても帰ろうとしないのだそうだ。

「あのダゲスタン兵のことかな?」

 私が指で示した寝台の上に、二人が並んで寝ていた。私は診察した記憶が無い方の一人に言った。

「おまえも病気なら診てやる」

 言われたダゲスタン兵は、喧嘩腰に言葉を荒げて「(ニエット)」と答えた。

「病気でないなら、ここへは置いておけない。原隊へ戻れ」

 そう命ずると、再び「否」と答えた。どういうつもりか図りかねた私には目もくれず、看護師は彼に一杯の温かい茶と、白いパンを渡した。


 ダゲスタンはトルコに近い山岳地帯にある多民族国家だ。高地に生まれ育ったゆえに強い肺と心臓を持つ精強な兵士を輩出することで知られている。彼もまた屈強な猛者と見えたが、いま彼は驚喜の眼を瞠って看護師を見上げている。そして旨そうに茶を飲み、パンを囓り、溢したパンの粉まで摘まんで食べた。瞬く間に食べ終えたかと思うと、矢庭に立ち上がって看護師に挙手の礼をした。それで彼の謝意は尽くされず、腰をかがめて看護師に辞儀を示して言った。

「ありがとう」

 聞けば、二日間も食事をしていなかったそうだ。そのダゲスタン兵は、薄赤色の頭巾を背に撥ね掛けて病院から去った。


 夜が更けた。隙漏る風が吹き付けて、剃刀のように襲ってきた。病兵は外套に包まって眠り、廠舎の一隅にある将校用の病室では蝋燭を点して読書する者や、骨牌遊びに興じる者、静かに談笑する者もいた。廊下の突き当たりには、当直医官の控え室がある。そこにいた医長に、私は立て付けの悪い窓を修繕すべきことを意見具申した。

「貴官は、軍隊を御存知ないようだ」

 と、医長は嘆息してみせた。

 天幕の修繕なら医長の裁量で予算を執行できるが、廠舎の修繕ともなれば上級官衙の裁量であるというのだ。御高説を謹聴すると、まずは廠舎の現状について報告しなければ修繕費を獲得することは出来ず、昨日きょう廠舎に入ったばかりでは、釘一本の予算さえも捻出できないということなのだそうだ。


 おそらく、医長は廠舎の修繕でも錬金術を仕掛けるつもりだろう。主計官から聞いたところによれば、医長からの私金立替分の請求は、いつも遅いという。いよいよ受け取った後、請求に不足分があったとして訂正されることがあると愚痴を言ったこともあった。それほどの迷惑を受けながら医長の意の儘に働く主計官もまた、錬金術の助手を務めながら利得を得ているのは想像に難くない。

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