023 狂宴
やっとのことでハルピンに着いた。わが上司の医長が、停車場司令にハルピンでの停車時間を問い合わせると、2時間程度とのことだった。貨車も客車も積み替えなしに機関車だけを付け替え、そのまま奉天へ向かうという。
ハルピンに着いたら買物をしよう、湯にも入ろう、郵便や電報が届いていないか尋ねてみよう、などと考えていたが、2時間の停車では諦めるほかない。ところが2時間が過ぎると、発車の目処が立たぬという。挙げ句、夜間運行禁止が沙汰されているゆえ、出発は翌朝になった。
わが軍団の副司令が言うには、どちらへ向かうにも先行列車が進路を塞いでいるため、ハルピン停車場から抜け出すのは容易な事ではないのだそうだ。高度に政治的な駆け引きによって、各列車の出発時刻は変更に変更を重ねているとのことだ。ともあれ下車できる時間が出来たので、私は停車場を見て回った。
噂に聞いた広大な新駅舎は、実際に総督の専用とされており、立ち入ることが出来なかった。狭小で不潔な旧駅舎は、恐るべき大混雑が続いている。兵卒たちは無論のこと、将校も技官も医官も、また通訳などの軍属までも、ぎっしり人が詰まった部屋で起居し、その場で業務もこなさねばならない。私は自腹を切って旅宿へ泊まることを許可されていたが、空きがないため一部屋を借りることができない。広い宴会場を板で仕切っただけの一人分の寝床が5ルーブル、廊下に寝るのでさえ2ルーブルの料金がかかる。私は客車に戻って寝ることにした。
停車場を歩き回るうち、様々な将校と話す機会を得た。皆が口を揃えて、現地軍司令官であるクロパトキンのことを「気の毒だ」という。総督が権限を濫用するせいで、作戦に自由が効かないのだそうだ。クロパトキンは地域を敵に譲っても、自軍の戦力を温存しつつ後退させる方針だった。だが、総督は戦線の後退を許さない方針だった。
ツァーリの恩寵を競い合う仲でもある総督と司令官が、互いに敵意を抱いていることは隠しようもない事実だ。総督からすれば、現地軍が間断なく苦戦を続けている間に自分の便益を図ることが出来るのだから、味方には悪戦苦闘を重ねて欲しいのだ。それゆえ現地軍の意向は全て反対し、作戦の進行を妨害した。そして無意味な制約を課し、些細なことにまで嘴を挟んだ。たとえば、現地軍は夏用の雨外套に土色を採用した。無雪期に白色を着ていては目立ちすぎるからだ。ところが、総督は白色の上衣および外套を着用するよう現地軍に命令した。無視することも出来ないので、用務でハルピンへ出向く際は、面倒なことに白服に着替えなければならなくなったのだ。
新たに会戦が起きたという報知があった。ハルピンの各所で大宴会が始まり、溢れ出た三鞭酒は川となって床を流れ、街路では春をひさぐ女たちが稼ぎ時を迎えて色めき立った。みな、この世に別れを告げるつもりで精一杯愉しもうというのだ。酩酊しながらも、発車を知らせる警笛が鳴るたび、自分の部隊が急遽出発するのかもしれないと、将校たちは何度も列車に駆け寄った。
もはや戦場は遠い地の果てではなく、汽車で数時間の隔たりしかない。戦場が近づいたことで、誰もが恐怖を感じ始めていた。そして、各人の抱いた恐怖は、意外にも軍紀を回復させつあった。軍隊としての秩序を失えば、死の危険は倍増するということを、肌で感じられるからだろう。まこと戦場心理とは、平時に推し量れるものではないようだ。




