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敗戦1905  作者: 大豪寺凱
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018 拳銃

 その朝、目が醒めたとき、子供のように喜ぶ兵卒たちの声を聞いた。

「おお、暖かいなぁ」

 空は晴れ、太陽は明明と台地を照らしており、そよ吹く風も温かい。車窓から眺める光景は、四辺みな限りなく荒野が続き、満目百里、紅葉に彩られた木々を見越して、遙か遠くには急峻な山肌が見えた。馬に跨がり、背に二つの瘤がある駱駝たちを連れているのはブリヤート人だろう。広野に一人、立ち働いている。


 わが梯隊の輸送指揮官は、バシキール人のモハメッカという名の従卒を連れている。その従卒が、顔がクシャクシャになるほど笑みを湛えながら、駱駝の群れを眺めていた。

「愉しげだな」

 私がモハメッカに声を掛けると 

「駱駝」

 と、言いながら嬉しそうな顔を私に向けた。饑寒と憂愁に満ちた昨日の苦境を忘れ去るほどのことだったようだ。


 当初の計画では、わが梯隊は()っくの()うに国境を越えて清国領内のハルピンに達しているはずだった。しかし、われわれはまだ国境の手前にいて、相変わらず汽車の進み具合は遅い。わが列車は、土砂崩れが懸念される危険地帯を過ぎた。この先は徐行区間が少なくなるだろう。急がねばならぬとわかっていても、われわれには努力も工夫も出来ないことゆえ、長い停車時間を歌でも唄って過ごすほかはない。


 もはや国境は遠くない。この付近に出没する()()というものが、ずいぶんと獰猛で、惨酷なことをするということだ。馬賊という民族がいるのではなく、馬に跨がって移動しつつ生活する現地人のことを指すというから、わがロシアにおけるコサックと似た部分を持つ存在だが、戦場での位置づけは正反対だ。コサックは、農奴となるより自由奔放な移動生活を志したロシア人たちであり、それらコサックを召集して編成されたコサック騎兵は、まがりなりにも国軍の一部となる。それに対し、清国の馬賊という連中は野盗の群れから村落を守るための自警組織が、機動力に富む遊撃部隊を形成したことが起源とされる。しかし、いつしか彼らの矛先は野盗ばかりでなく農民にまで向けられるようになり、いまや狼藉を働く無法者でしかない。


 それら馬賊は、おかまいなしに国境を越えつつ獲物を追う。わがロシア軍でさえ、彼らにとっては獲物の一つだ。糧食をはじめとする宿営給養に要する資材を運びつつ、先行する戦闘部隊に追随する輜重兵が狙われるのだ。高級将校は貴重品を大行李に預けるので「お宝」を得る機会もある。となれば、わがロシア軍の輜重部隊は馬賊にとって魅力的な獲物ということになろうか。


 また、馬賊は条件次第で日本軍に協力する場合もあるらしい。もとより国家に属する正規軍ではないから、馬賊には国際条約も中立も関係なしだ。万が一にも馬賊に捕らえられたら、どのような扱いを受けるか判ったものではない。無聊の友なる新聞から得た情報を見た限りではあるが、馬賊という集団に対する戦慄を禁じ得ない。私が応召して軍服を身に纏うようになってから、恐ろしいと思うのは日本兵ではなく、馬賊に対してだった。


 まだハルピンに到着せぬうちに、電報で組織改編の命令が伝えられた。私の属する師団では、二つある師団病院を一つの大病院に統合する。それにより、かねて見知った医師スルタノフと同じ病院に勤務することとなった。それはともかくとして、いまは国境を越えて清国領内へ進入することが目下の課題だった。


 列車は依然として荒涼たる平原を走っていた。各停車場には煉瓦造の塔が見える。そして、その傍らに藁を長く巻き立てた警報信号柱が立っていた。それらは馬賊の襲撃に対処するための設備だ。


 停車場にモンゴル人が騎馬で駆け込んできて

「馬賊に鉄道衛兵が七人やられた」

 と、注進に及んだ。たちまち騎兵一個分隊を率いた将校が、現場へ向かう。


 乗車中の兵卒たちには実包を持たせ、機関車には哨兵を置いた。私も行李から拳銃を取り出して、これ以後は腰に吊るしておくことにした。

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