014 紅葉
列車は、山岳地帯に入った。いつか見た果てしない荒野の端まで来たらしい。高地では木々の葉が深紅に色づきはじめた様が、朝日に照らされていた。もはや秋霜が降り始める頃だろう。ところどころに立つ鉄道衛兵の姿が朝の斜光に浮き上がった。
それから日が暮れるまで走ってイルクーツクを通過した日の夜、バイカル停車場に到着した。この先は南北に長いバイカル湖が、東西に伸びる線路を遮っており、砕氷船で対岸へ渡らねばならない。われわれの列車に停車場から来た連絡将校が
「人馬は下車して乗り換えよ」
と、命令を伝えた。貨車は荷を積み替えることなく、そのまま砕氷船に載せて行けるのだそうだ。
それから夜明け前まで、われわれは停車場の狭い待合室に詰め込まれた。食事が金銭給与となったため兵卒たちは売店に群がったが、あいにく厨房が修繕のために煮炊きを出来ず、食べ物すべて品切れで残っているのはウォッカばかりだった。兵卒たちはウォッカを煽ると、荷物置き場で折り重なって眠った。
砕氷船への乗り換えを待つ間に、後続列車が追いついた。その人員は、数字も徽章も無しの赤い地布ばかりの肩章をつけており、配属先が未定の補充兵なのだろうか? よくよく見るとロシア人らしからぬ容貌の、察するにモルドヴィン人であろうかと思われる兵卒たちのほか、われわれロシア人が「タタール」と呼ぶテュルク系民族と思しき兵卒たちもいた。また、見るからに東洋人の顔立ちをしているのはモンゴル系だろう。それらの兵卒たちは、ほとんどが老兵だった。
赤無地の肩章をつけた一団も、われわれと同様に食事は金銭給与であったが、なにせ買うべき食べ物が何も無い。長い停車時間を利用して近隣の村落を回りながら食糧を調達するほかはないのだが、彼らの多くは手ぶらで戻ってきた。夜更けに開いている店もないから、当然の成り行きではある。何処ぞの梯隊とは違って、彼らは人々が寝入っている民家に忍び込んで食べ物を盗んでくることはなく、空き腹を抱えて戻ってきたのだった。
停車場には防疫のため給水所が設けられていたが、寒さの訪れとともに白湯を配るようになるはずだった。しかし、その白湯さえも残っていなかった。兵卒たちは長蛇の列を為して湯が沸くのを待った。
われわれは戦地へ赴く軍人だ。けして刑罰を受けて居るわけでは無い。だが、戦場に着く前から、刑務所で受ける懲役以上の艱難辛苦の連続ではないか。兵役に就くより刑務所で服役した方が待遇が良いということが、真実そのとおりであったとは、このときまで私は想像もつかなかった。
兵卒たちのなかから小声で歌う声が聞こえてきた。耳を澄ますと英語の歌詞で、鉄道工夫の労働歌を唄っているのだった。
鉄路は続く、何処までも
俺の仕事は果てが無い
朝も早よから起こされて
軌条敷くのは俺らだぜ
ダイナよ、笛を吹いてくれ
ダイナよ、笛を吹いてくれ
飯が出来たと笛を吹け
以前、私が聞いたのとは歌詞も節回しも少し異なっていた。厳しい労働環境で口から出任せに生まれた労働歌であり、かつまた伝わり方も口移しで、さまざまな替え歌が流布しているという。
シベリア鉄道にしても、この鉄路は人が築き上げた路盤に、人の手で砂利を積み上げ、人の力で枕木とレールを敷いたのだということを、私は思い起こした。極東までの数千里を歩かずに済むだけでも、われわれは恵まれていると言えまいか? そうとでも思わなければ、長い汽車旅の辛さに心が挫けてしまいそうだった。




