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敗戦1905  作者: 大豪寺凱
117/122

116 間諜

 四平街は軍隊と陸軍官衙とで混雑している。停車場には新たに総司令官となったニコライ・ペトロヴィチ・リネウィッチの美麗なる専用列車が停まっており、窓は鏡の如く磨かれ、食堂車では料理人が働いている。プラットホームを綺麗な服を着た幕僚将校が、給養充分な福々しい顔つきで彼方此方歩いている。われらは痩せ疲れ、埃だらけになっているというのにだ。


 不幸なる噂は徐に広がっていく。四平街から徒歩で二日行程ほどの位置にノギ軍が出現、吉林方面へ向けて堂々と行進しているという。最高司令官を罷免されたクロパトキンの行李が日本軍の手に落ち、その中にウラジオストック方面の防禦計画が含まれていたそうだ。事実であれば、日本軍は韓国北部から沿海州にかけて第二戦線を構築し、易々と進撃するだろう。


 各人の唇にはセダンという地名が頻りと上がる。1870年に普仏戦争の重要な転換点となった戦いがあった地だ。皇帝ナポレオン3世を含む10万人以上の兵士が捕虜となり、フランスは降伏を余儀なくされた。この度の奉天会戦は、辛うじてセダンの再演を免れたものの、実に危ういところであったと。帝都に於いては事情の如何を問わず戦争を継続する決心したようで、皇族たるミハイル・ニコラエヴィチ大公を総司令官に起用するとの出所不明の噂もあったほどで、四平街の至る処で種々雑多な真偽不明の伝聞情報が飛び交っていた。


 ある将官が連絡将校に

「これを第8聯隊長に渡しなさい」

 と、封書を託そうとしたところ

「閣下、第8聯隊本部は何処にありますか」

 などと問われてしまった。各種命令が錯綜しているため、命令を発した当人に訊くのが確かだからだろう。

「何処だったか……なんとか言う村だ……」

 そこへ、捕虜となった日本の将校が連れてこられ、その捕虜が開口一番

「第8聯隊本部の現在地は、此処です」

 と、地図の一点を指し示したそうだ。


 それとは別に、コサック兵がロシア軍の将校の軍服を着ている男を連行してきて、変装した日本の間諜を捕らえたと報告した。

「この男はロシアの将校じゃ」

 と、将官は即断したが

「いえ、日本人です。この男は、わが軍の位置を非常によく知っています。それが何よりの証拠であります」

 ロシアの将校なら自軍の位置を掌握できているはずがない、ということを根拠に日本人の変装だと決めてかかったのだという。


 われらは四平街で別命が下るのを待ちつつ、三日間を無為に過ごした。そして新たな命令に従って公主嶺へ向けて出発したのは、3月8日正午だったと記憶している。


 いまや街道の混雑は去り、自由に往来できるようになった。輜重の大部分は北方に退却し終えたのだろう。馬賊が横行し、ロシア軍の輜重が狙われるとの噂は頻りだが、われらが暗夜山を越えて行軍する際も平穏に通過できた。ただし、如何にも疑わしき方法で草藪に火が点けられ、われらの傍らを長い火の帯が盛んに燃えていた。だが、四辺は全く静かで、かつ寂寞であった。これは清国人が日本軍に対し、ロシア軍の退却方向を知らせるためのことだとの風説があった。われらは一様に神経過敏となり、些細な物音にも危懼の念に狩られるようになった。

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