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敗戦1905  作者: 大豪寺凱
110/122

109 黎明

 黎明の頃、厳しい寒気のなかで私は目を醒ました。露営火の残り火は消え、半毛皮衣の下で組んでいた腕は凍え、骨の髄まで冷え切って関節が軋んだ。残灰の傍らでセルジュコフが眠り、シャンツェルは何かの印刷物を読んでいた。

「起きたか。どうしたものか、活字が恋しくなってね」

 と、苦笑しつつ、その刷り物を私に差し出した。


「専制政権とプロレタリアート」ウラジーミル・イリイッチ・レーニン

  1905年1月4日(新暦)「フペリョード」紙第一号掲載

 ロシア・プロレタリアートは極めて重大な任務を負っている。専制政権は揺らぎつつある。同政権が突入した困難な、絶望的な戦争は、同政権の権力と統治の基盤を深く掘り崩した。同政権は最早、支配的諸階級へのアピールなしには、知識階級の友援なしには、持ち堪え得なくなったが。そうしたアピールと、そうした支援は、そのあとに、必然的に憲法に関する諸要求を伴なうものである。

 ロシアにおける政治的危機の進展は、今や何よりも対日戦争の成行き如何に懸っている。この戦争は何よりも専制政権の腐敗性を暴き出したし、現に暴き出しつつあり、何よりも同政権を財政および軍事面において無力化させつつあり、何よりも疲労困憊した人民大衆――この犯罪的、恥辱的戦争のために、このような際限のない犠牲を要求されている人民大衆を散々に苦しめ、蜂起に向けて押しやりつつある。専制制度のロシアは憲法制の日本によって既に撃破され、あらゆる延引は敗北を深め、激化させるのみであろう。ロシア海軍の優秀部分は既に殲滅され、旅順港の状態は絶望的で、同港の援助に赴きつつある艦隊は、成功に対してどころか、目的地に到達することに対してすら、いささかのチャンスも持たず、クロパトキンの率いる陸の主力軍は二十万人以上を失い、無力化され、孤立無援のまま敵の前に立たされており、旅順港攻略後、敵は必ずや同軍を粉砕するであろう。軍事的挫折は避けられぬし、それとともに不満、動揺、憤慨が十倍に増大することも避けられぬ。その時機に向かって、われわれは全力を挙げて準備せねばなるまい。その畤には、此処彼処において、ますます頻繁に繰り返されつつある焔の燃え上がりの一つが、巨大な人民運動になるであろう。その時こそプロレタリアートは、全人民への自由をかち取るため、また、労働階級にたいして社会主義に向かっての公開的な、広汎な、ヨーロッパの全経験を採り入れた闘争の可能性を保障するため、蜂起の先頭に起ち上がるであろう。


「なんてものを! 社会民主労働党の機関紙じゃないか」

 私は思わず叫んだ。

「そんなものでも良いから、俺は活字を読みたかったんだよ」

 シャンツェルは悪びれずに言った。露営火を譲ってくれた兵卒たちのなかの誰かが残していったものらしい。発行された時期は、旅順要塞がノギ軍に降伏を申し入れた頃合いだとわかった。電信によって、情報は数千里の彼方まで即時に伝わるが、本国の刷り物を鉄道で運ぶのには何週間もかかるのだと、あらためて認識できた。


「正直、読んでいて不愉快になった」

 と、シャンツェルは言う。この負け戦を自分たちの運動に利用しようとしていることを、隠そうともしていないからだそうだ。

「いわゆる扇動なのだろうが、読んだ者を不愉快にさせるようではなぁ」

 などと、私は話を合わせておいた。

「ツァーリは領土欲のために軍を利用し、活動家は運動のために負け戦を利用する。どのみち、われらは利用されるばかりじゃ」

 嘆息しつつ、シャンツェルは言った。思い返せば日本との戦争が始まった頃、私の胸中には

――この戦争の成り行き次第ではツァーリの考えを改めさせることになるやもしれぬ

 という期待が確かにあった。それゆえシャンツェルと同様に憤る資格は無いと認めねばならなかった。


 まだ寝息を立てているセルジュコフが顔に被せた軍帽に、吐く息が凍って霜がついていた。

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