010 略奪
車窓からは、机のように平坦な地形が見える。あちこちに小さい森や藪が見えるばかりで、広漠たる牧草地が視界の大半を占めており、ほとんど畑はない。ところどころ刈り取られた乾草が堆く積まれているが、草地の大部分は刈り取られていない。残った草は根元まで黄色く枯れており、野分に吹き倒されていた。
停車中、挨拶に来た村長が
「村の若い者が兵隊にとられて、働き手がいません。草は刈られることなく腐ってしまうでしょう」
と、嘆いた。鉄道が無かった時代なら、大量の馬に荷を負わせてシベリアを目指していたことだろうし、それら軍馬に秣を与えるため、この村は大いに賑わったことだろう。しかし、時代は変わったのだ。そして、馬で旅した時代には無かった危険が、汽車旅にはあった。
その夜、われわれが乗った列車は警笛を鳴らすや、急停止した。
馬に跨がった野戦憲兵が、線路上で灯火をかざしていたのだそうだ。すぐ先に対向列車が来ていて、このまま進めば正面衝突していたところだった。輸送指揮官によると
「軌道上の鉢合わせは、きょうび珍しいことじゃないようです」
とのことだった。
列車はタブレットを交換するなど手順を踏んでから進路に入るべきものだが、頻繁に臨時列車が増発され、唐突に特別急行列車のための待避が要求され、そのたびに時刻表が変更となり、鉄道員たちは心身ともに疲弊しきっている。ゆえに屡々その手順が忘れ去られているらしい。
われわれの列車は、火災を起こした客車を走行中に切り離したことがあった。火達磨になった客車は、その前後の客車から切り離され、無人となってノロノロと走り続けた。その客車を待避線へ追い出そうと、われわれの列車は本線上に停車して転轍機を操作し、まんまと火達磨の客車を待避線へ進ませた。
そのあと、うしろの客車と連結するため列車が後進している間に、燃えた客車が待避線を走り抜けてしまい、われわれの列車を追い越して本線へ入ってしまった。椿事に驚いた私は、窓から身を乗り出して周囲の状況を見ると、同じ線路の遙か前方に別の列車が停止していた。たまたま燃えた客車を挟み込んだことで、正面衝突を避けることが出来たのだった。
この騒動の最中に、許可無く下車した数人の兵卒たちがいた。輸送指揮官が出発の合図を出した頃合いで列車に駆け込もうとしたが、乾草の大きな束を背負っていたのには驚いた。
「おい、その乾草を捨てろ」
と、私は叫んだ。列車は、もはや動き始め、兵卒たちは不承不承に乾草の束を投げ捨てて、列車に飛び乗った。
郷里から遠く離れていても、ここはロシア国内だ。農民は同胞たるロシア人ではないか。
「愚か者め、自国民から略奪か」
と、思わず独言したところ、
「まあまあ、そう怒りなさるな。この辺は乾草の値が廉いんだから、たいした罪になるまい」
傍らに居た医長は出鱈目な理屈で愚か者たちを庇った。つい先刻、刈り手がなくて乾草が品薄となり、その値が高騰しつつあることを村長から聞いたばかりではないか。主計官は軍馬の飼料として乾草1ポンドにつき45コペークを払っていた。相場に比して高いか廉いかは知らぬが、対価を払うべきものであるのは明白だ。
「なんにせよ略奪はいけませんよ、略奪は」
と、私は憤ってみせた。
あの兵卒たちは乗馬本分の将校に乾草を売りつけるつもりであったろうか。将校の乗馬の飼料は自弁が建前だ。たいがい乗馬本分の歩兵将校は大隊長より上の身分で、それらの将校には戦時に於いて軍から充分な飼料代が前渡しで手当されているはずだし、あとから不足分を請求することだって出来る。真っ当な将校なら、あえて不正経理を疑われるような不当に廉い乾草を買うはずがない。まったく愚かしいことだ。
あるとき乗馬本分である医長が、ほくほく顔で
「馬に食わせる燕麦が廉く買えた」
と、頗る上機嫌だった。
たとえば50ルーブルで買ったものを、軍に対しては200ルーブルで買ったということにして、その差額を懐に入れることができる……そういう手法であると、私はようやく悟った。この先、最も高い値で売られている町で買ったことにすれば、差益は大きく膨らむわけだ。帳簿を改竄してしまう前提ならば、兵卒に略奪させた乾草は、さぞや廉く仕入れることが出来よう。道理で略奪した兵卒たちを庇い立てしたわけだと、鈍い私にも察しがついた。




