夢で逢えたら-twins-
佐藤はるかは、毎晩同じ夢を見ていた。
白く冷たいタイルの部屋。中央には金属製の椅子。その上に縛られた男。顔はぼやけて見えないけれど、恐怖に歪んでいるのはわかる。部屋の隅には、今では珍しいブラウン管のモニターがあり、赤い数字が点滅している。
3:14
時計ではない。カウントダウンだ。
夢の中のはるかは、制服姿のまま部屋にいる。手には、なぜかナイフ。意志と関係なく、彼女の手はナイフを振り上げ、その胸に突き刺してしまう。
男が絶叫し、赤い血がタイルに広がる。
モニターの数字が「0」になった瞬間、はるかは目を覚ました。
「うわっ……またか……!」
はるかは高校二年生。明るくて元気、友達も多く、クラスでも人気者。でも、ここ一ヶ月、夜だけが怖かった。
夢が、まったく同じように繰り返されるのだ。タイルの隙間の数、男の叫び声、ナイフの冷たさ。そのすべてが、まるで録画された映像のように正確だった。
最初はただの悪夢かと思った。ストレスか、夜更かしのせい。でも、ある朝テレビのニュースを見て、はるかは震えた。
画面に映ったのは、行方不明になっているという中年男性。名前は田中修。
「この人……夢の中の……」
記憶の男と、完全に一致していた。
その日から、はるかは夢の記録をつけ始めた。スマホのメモに毎朝、夢の内容を残していった。
夢は毎晩更新されていった。3:13、3:12、3:11……と、カウントダウンが徐々に減っていくのだ。
ある夜、夢の中の男が叫んだ。
「やめろ! お前も死ぬぞ!」
目覚めたはるかは、汗びっしょりだった。
学校でも、集中できなくなった。担任の先生の声が遠くに感じられる。そんなとき、彼女の隣の席で、ふいに声がした。
「はるか、最近、寝不足じゃない?」
声の主は、彼女の双子の妹・佐藤あかね。
成績優秀で、将来は医大に進むと噂されている。見た目は瓜二つだが、性格は正反対。落ち着いていて、無駄口は少ない。
「え? う、うん、まぁ……ちょっとね」
あかねはじっとはるかを見つめ、言った。
「変な夢でも見てるの?」
はるかはドキッとしたが、笑ってごまかした。
「ただの悪夢ってだけ! たいしたことないってば!」
けれどその夜の夢で、男の叫び声はさらに変わった。
「お前が作ったんだ……この夢を!」
はるかは思い切って、学校の保健室の先生に相談してみた。すると、保健の先生は首をかしげながら言った。
「うーん、思春期の脳は敏感だからね……でも夢がそんなに繰り返されるのはちょっと変ね。誰かに話してる?」
はるかは首を振った。
その帰り道、ふと思いついて、図書室で「夢と脳」の本を借りてみた。そこに、「外部刺激による夢の誘導」や、「意識の一部が夢の中に囚われる」といったオカルトじみた話が載っていた。
(まさか……)
はるかの中に、ある人物の顔が浮かんだ。
あかね。
あかねは昔から、「お姉ちゃんはなんでも上手くいくね」と言っていた。学校でも、人気はいつもはるかの方にあった。
(でも、まさかね……)
その日の夢は、まったく違う展開を見せた。
タイルの部屋。モニターの数字は3:00。
だが、椅子に座っていたのは……あかねだった。
「はるか……やめて。お願い」
はるかは震えながらナイフを持ち、後ずさる。モニターの数字が点滅を速める。だが、あかねの顔は、どこか笑っていた。
「ねぇ……夢って、便利だよね。現実じゃできないこと、できるんだもん」
目が、冷たい。
目覚めたはるかは、初めて心から怖いと思った。
あかねが、自分にこの夢を見せている――?
はるかは、自分のスマホに夢の記録と脳波記録アプリを入れ、簡易的な睡眠データを測定するようにした。深夜3時、夢の中で何が起きているのか。
その晩、夢は再び更新された。モニターの数字は2:59。カウントダウンが進み、部屋の中には……あかねともう一人のはるかがいた。
「姉妹って、すごいよね。同じ顔で、同じ記憶。でも、みんなお姉ちゃんのことばっかり見る。バカなのに、うるさくて、でも……みんな好きって言うんだもん」
もう一人のはるか――いや、あかねの夢に作られた、偽の自分がナイフを振り上げる。
「夢で終わるはずだったのに……目覚めちゃったか」
はるかは叫んだ。
「やめてよ! どうしてそんなことするの!」
「だって、消したかったんだもん……お姉ちゃんの、全部」
目覚めたはるかは、すぐに警察に連絡した。証拠は乏しかったが、あかねの部屋からは脳波誘導装置のような手作りの機械が見つかった。医療大学への推薦資料の中に、他人の脳波を模倣する実験データが記されていた。
事件は、「未遂の精神操作」として処理され、あかねは医療機関に送られた。
けれど、はるかは今でも夢を見る。
白い部屋。ナイフ。モニターの数字は……また3:14から。
ナレーションのような声が聞こえる。
「夢は終わらないよ。だって、双子だもの。あなたの中に、私はずっといる」