生まれ変わったらカレンダーになりたい
カレンダーを見詰めている。
西日の強い病室の真白な壁に、古めかしい画びょうで一点留めしたカレンダー。
掴んでも、掴んでも、今日は無慈悲に幕を閉じる。
1日、2日、3日……手の平から零れ落ちるように過ぎ去った日々を、性懲りもなく心の中で呼称する。
傍らのベッドには、余命1カ月を宣告された君がいる。
盗人が奪い取って逃げるようなスピードで、2月が終わろうとしている。
お見舞いに来たくせに、僕は、いつものように椅子に座り、君にそっぽを向いて、ただもうカレンダーを見詰めている。
「ねえ、あなた、せめて命日ぐらいは、私のことを思い出してね」
突然君がそう呟くものだから、僕は思わず君の顏を見てしまった。冷たいベッドに横たわり、医療器具を装着し、青白く痩せ細った君の顏。
ダメだ。鼻っ柱が熱い。やはり君を見ると涙が溢れてしまう。つらいのは君のほうなのに。悲しいのは君のほうなのに。
「私、生まれ変わったらカレンダーになりたい」
「おやおや。何でまた?」
「だって、カレンダーになったら、毎日あなたに見てもらえるでしょう?」
「カレンダーに妬いているのかい」
「そうよ。ねえ、お願い。もっと私を見て」
「悪かった。ごめん。ほら、見ているよ」
「じゃあさ。私の顏に、何て書いてある?」
「……それは、言えない」
「答えて。私の顏に何て書いてある?」
「もっと生きたかった」
「あれれ、変だなあ。『あなたに出逢えて幸せでした』って書いてない?」
2020年、2月。君は、天国へ旅立った。
2024年。
カレンダーを見詰めている。
西日の強い自室の真白な壁に、古めかしい画びょうで一点留めしたカレンダー。
今日は、君のはじめての命日。
この3年間、カレンダーに命日が見当たらないものだから、ひょとして君はまだ生きているのではないかという錯覚に陥ってしまって困ったよ。
カレンダーを見詰めている。
命日どころか、君を忘れた日など、一日もない。
29を、そっと指で撫でる。
いつまでも見詰め続けていたら、天国の君に、また嫉妬されてしまうだろうか。