最終電車
田中さんは、いつも通りの長い一日を終え、会社を出た。時計を見ると午後十一時四五分。終電まであとわずかだ。急ぎ足で駅に向かう中、同僚の女の子からのメッセージがスマホに届いた。
「田中さん、終電に間に合った?一緒に帰ろうと思って待ってるの。」
田中さんは駅に着くと、ホームの端で手を振って待っている女性を見つけた。彼女の名前は玲奈さん。職場でも人気の子で最近少し体調を崩して休んでいたが今は元気に働いている。彼は急いで切符を買い、改札を通り抜けて玲奈さんのもとへ向かった。
「間に合ったね、よかった」と玲奈さんはにこりと笑った。二人は一緒に電車に乗り込み、空いている座席に腰を下ろした。
電車が出発すると、田中さんは深いため息をついた。「今日も疲れたねー」
「本当にね。でも、これでやっと帰れる」と玲奈さんが同意した。
終電は静かだった。乗客も少なく、車内には低い振動音だけが響いていた。二人は日常の話題でしばらく話し込んだ。たわいのない話だが彼女との会話は心地よい。
すると突然、車内アナウンスが流れた。「次の駅は、田園町です。お降りの際は足元にご注意ください。」
「田園町か…ここで降りるのはいつも少ないね」と田中さんがつぶやいた。
電車が駅に停まり、ドアが開いた。しかし、誰も降りる様子はなかった。ドアが閉まると、電車は再び走り出した。
しばらくして、再びアナウンスが流れた。「次の駅は、山田町です。」
「山田町か…」田中さんはぼんやりと外を見つめた。電車は再び停まり、ドアが開いた。しかし、またもや誰も降りない。
ふと、田中さんは違和感を覚えた。「ねえ、玲奈さん。なんか変じゃない?いつもならもっと人が降りるはずだよね。」
玲奈さんは微笑みながら答えた。「確かに。でも、今日は特別な夜かもしれないね」
電車は再び走り出し、次の駅に向かった。「次の駅は、終点の大和町です。お降りの際はお忘れ物のないようにご注意ください。」
「終点か…」田中さんは少し安心したように座席から立ち上がった。しかし、玲奈さんは動かずに座ったままだった。
「玲奈さん、降りないの?」
玲奈さんは静かに首を振った。「いや、今日はもう少し乗っていたいんだ。田中さんもその…もう少し一緒に乗っていかない?」
「でも、終点だよ?もう降りなきゃ。」田中さんは戸惑った。
電車が停まり、ドアが開いた。田中さんは仕方なく一人で降りることにした。彼はホームに降り立ち、振り返って電車を見ると、玲奈さんがまだ座っているのが見えた。
「本当に降りなくていいの?」田中さんは叫んだ。しかし、玲奈さんは微笑んだまま、何も言わなかった。
その瞬間、電車のドアが閉まり、再び走り出した。田中さんは呆然と立ち尽くしながら、電車が遠ざかっていくのを見つめていた。
数日後、田中さんはニュースで驚くべきことを知った。終電に乗っていた玲奈さんが行方不明になったというのだ。
田中さんは警察に連絡し、当夜の出来事を話した。しかし、警察は彼の話を疑わしく聞いていた。
「田中さん、玲奈さんはもう何日も前に行方不明になっていました。あなたが話している玲奈さんは、もうこの世にはいませんよ。」
田中さんは信じられない気持ちでその場を後にした。彼は思い出す。玲奈さんの微笑みと、その最後の言葉。
「もう少し一緒に乗っていかない?」
あの言葉はどんな意味だったのだろう?もしあのとき玲奈さんと一緒に電車に乗ることを選んでいたら?そう考えると自分のとった行動が間違っていたのではないかと思い始めてきた。
その後田中さんは深夜、再び駅に向かうことにした。終電に乗り込むと、静かな車内に一人、座席に腰を下ろした。電車が走り出し、田園町、山田町と停まるたびに、彼は外を見つめた。しかし、玲奈さんの姿は当然のようにもうどこにもなかった。
そして、終点の大和町に到着すると、田中さんは静かに電車を降りた。彼は振り返らずにホームを歩き、静かに家路に着いた。
それ以来、田中さんは二度と終電に乗ることはなかった。