続き
文化祭を終え残るイベントは修学旅行だけ、私達知実高校の生徒は各々が大学受験に向け物語を綴っていた。
「ねえ、栞は第一志望何処にしたの?」
「私は万場大学かな、愛も万場大学だよね?」
二人が目指すのは地元の国立大学、私は兎も角栞の知能で合格できる筈がない、分相応と言う言葉を知らない子供はもう少し現実を見るべきだ。
「私も万場大学だけど栞は受かるの?まっ、今なら高望みしても問題無いけどさ」
「頑張るよ!!」
やはり気になるのは未来の話、お父さんに導かれたレールの上へと戻る為には何としても万場大学を合格しなければならない、さもなくば私に生きる資格はないのだから。
大学受験に向け一人勉強を続ける私、バレエを辞めた為誰かと学校会うことも遊ぶことも許されないよう躾された現状。エリカは週に一回、十五分だけ会ってくれるがこんなんでは私の渇きは癒されない
「エリカに抱かれたい~咥えたい舐めたい交わりたい~」
キスだけで終わる純愛、下らない関係性に私のモノが疼き続ける。
「このままじゃエリカが他の女に取られちゃうよ、不安だし‥怖いなぁ」
傷モノの若い身体を捧げる事がエリカの心を繋ぎ止める唯一の手段だと思っている私は身体を捧げられないこの現状にやきもきする。そんな中、一筋の希望が点った。
「皆さん、校内行事で大学見学を行います、参加したい人は先生に提出してくださいね」
クラスに回されたのは学校主体で行われる団体での大学見学。現地解散となっているこのイベントは私とエリカが密会するのにうってつけの物だったのだ。
「これならお父さんにバレないでエリカに抱いて貰えるね」
迷わず参加を希望した私、しかし抱えている爆弾が二つある。ひとつはお父さんから許可を貰うこと、もう一つがエリカに有給を取って貰うことだ。
「あの‥すみませんお父様ら今お話し宜しいでしょうか」
空気が貼り詰め、視界が澱む。
「無駄な話だったらただでは済まないと思いなさい」
花火の日以降夏木家の空気は最悪であり、弱者の私は許可が無いと話す事も、お風呂に入る事もままならない。そんな邪魔者扱いされていた私。一人だは耐える事は出来なかっただろう、支えてくれるエリカが居たからこそ私は耐えることが出来たのだ。
長く続く沈黙、重苦しい空気、お父さんの躾は見下されたまま時は動かない。
「行くのは大学だけなんだろうな」
ようやく放たれた言葉が私に重くのし掛かる、まるで目論見を見抜いているかのよう。私は慎重に言葉を選びながら弁論する。
「栞と言う子と見学して来ます、彼女が渋谷を散策したいと言った場合共に探索するつもりです」
一つ一つ選ぶ言葉、放つ重さは私が一番良く解っている。
「学友と親睦の場を図る良い機会です、どうか許可の方を頂けないでしょうか」
再度深々と頭を垂れる。心は澱み、キリキリと胃が締め付けられる。私の命はお父さんの手によって握られ、利用され、導かれているモノだと改めて解らされる。
「もしもまた成人の男とたわむれているようなら、その時は自殺をするか家を出なさい。お前に夏木家の者でいる資格は無い」
冷や汗が止まらないらお父さんはエリカとの関係を何処まで把握しているのだろうか、絶対に隠し通さなければ私の命は刈り取られる、夢を叶える事も出来ずに殺されてしまうのだ。
「勿論存じております、私はお父さんの子供です。社会の癌、弱者のような爪弾きにはなりません」
お父さんが好きそうな耳触りの良い言葉を並べた私は耳障りの悪い躾から解放される。
「エリカとは会わない方が良いんだろうな、でも‥会いたい」
一度大人の味を知ってしまった私は狂った歯車を止める事が、出来なかった。
最難関はクリアした、残りはエリカだけ。
私を最優先にしてくれる王子様はきっと多少の我が儘くらい聞き入れる、そう信じて願いを、思いを届ける。
「エリカ!明後日の木曜日って暇?」
「社会人が平日暇だと思う?」
平日に行われる学校行事ら社会人の木曜日は‥仕事だ。
今日を逃せばデートは暫くお預けだろう、気持ちが、思いが、焦り揺れ動く。
「有給取れば大丈夫でしょ!その日渋谷の大学に行くから会ってよ!」
「明後日ですよね?幾らなんでも急すぎますよ、実質猶予は一日じゃないですか」
何時もエリカは私と会うために有給を使うのに今回は何故か渋い反応を見せる。他の女の影だろうか、不安と焦りが心の沼を渦巻かせる。
「そんなことないよ?明後日だから二日間あるでしょ?会ってよ!」
「はぁ、とりあえず聞いてみますけどあまり宛にしないでくださいね、如何せん急すぎるので‥」
デートが出来ないかもしれない、エリカに会える数少ない機会を失う事が怖い。
「やっぱりエリカが最近会ってくれないのは浮気してるからなのかな」
エリカには浮気の前科がある、心に植え付けられた不安の種は不信感と言う水を吸いながら成長し続けたのだった。