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私はなにも悪くない  作者: 蠱毒児導
一章 鳥籠
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1章 鳥籠 1-1


「私は鳥籠の中にいる翼を畳んだ白い鳥、誰か私を外の世界へ導いて?」




「はぁ、今日も一日ベッドの上かぁ。何か良い事でも起きないかな…」


変わらぬ景色に普通の日常、病院のベッドで横たわる私は退屈な人生に飽き飽きしていた。


「あぁ暇すぎて死にそう、刺激的な出会いでもあれば良いのになぁ。私の話をずっと聴いてくれる物語のような運命の出会い、私をヒロインにしてくれる王子様が現れたら良いのに」


ここは病院の一人部屋、脳腫瘍の手術を終えた私こと「夏木愛」以外誰もいない。私はこの鳥籠のような病院に一人閉じ込められている。


「話し相手も居ない今。私の心を癒してくれるのはづつう、お前だけだよ…」


自宅から持ち出したサイのぬいぐるみのづつうを抱きかかえ一人寂しさを紛らわす。大掛かりとなった脳腫瘍の手術は十歳である私にとって生死に関わる手術であり。無事に成功したとはいえ身体に繋がれたチューブが手術の壮絶さを物語る。


少なくとも先生の許可が出るまでは私は一人部屋から連れ出しては貰えないのだ。


「それにしてもこの傷跡目立つなぁ、先生は大人になれば薄れていくって言ったけど、本当に薄くなるのかなぁ。『ズキッと』痛むし、はぁ、早く大人になりたいなぁ…」


頭に差し込む一本の痛々しい傷跡を優しく撫でる。乙女の顔に付けられた傷は偏頭痛と言う後遺症を残し、目立つ傷跡が刻まれる。子供の乙女にとって傷者になると言う事は死活問題であり最大の懸念材料なのだ。


「一人じゃやっぱり不安だね。早く外に出ようね、づつう」


づつうを抱き締め叶わぬ願いを祈る、子供の私は先生の許可が出るまで大人しく安静にしている他ない。子供が大人に逆らう事など出来る筈が無いのだから。


「夏木ちゃん体調の方はどう?お薬は効いている?」


一週間振りの診断、何事も無ければ私は今日通常部屋へと導かれる。


「少し偏頭痛が出る時あるけど、それ以外は大丈夫だよ?」


「なるほどねえ。血圧と脈拍も問題無いし、今日から通常部屋に移れるかな?」


「えっ、本当!王子様に会えるかな?」


「それは解らないけど、何も問題無かったら一週間後に退院できると思うよ。詳細は看護師の四季さんに聴いておいてね?」


「はぁ~い。解りましたぁ」

 

何日か偏頭痛に悩まされる事はあったが大きな異変も無かった私は通常部屋へと移される。一人部屋からの脱出、夢だった、話し相手が出来るのだ。


「通常部屋には王子様みたいな人が居ると良いね、づつう!」 


四季さんに導かれ、大人の背中を追いかける。私の持ち物は親友のづつう一人だけ。


「愛ちゃん体調良くなって良かったわねえ」


「ありがとうございます!」


「私にも愛ちゃんと同じ年齢の子がいてね?娘もいるのだけど…やっぱり愛ちゃんは見ていて心配だったから。病室ではいっぱい可愛がって貰いなさいね?」


「うん!ようやく友達が出来るもん、大人の王子様を探すの!」

 

入院してからずっと一人の私は話し相手に飢えていた。早く外の世界へと導かれ人と交わりたいと思うほどに子供は一人では何も出来ない。


「まぁ、王子様はあまり期待しない事ね…」

 

物語の扉が開かれる、この扉の向こうには私をヒロインにしてくれる王子様が。



「初めまして!今日から一週間通常部屋で過ごす事となった夏木、愛で…」

 


言葉が段々と尻窄む。


「夏みかん、なんだって?」


「ワシはキンカンの方が好きじゃのう…」


「四季さん、もうお昼の時間かい?」


私の視界に映ったのは三人の個性的なお爺ちゃん。


「王子様は居なそうだね…づつう」


運命の出会いはしばらくの間お預けとなったのだった。


「愛ちゃ~ん、そろそろ先生来るからね~」


「ふぁ~い」


通常部屋の生活も今日が最終日、私はベッドの上でみかんを食べながら正座していた。


「夏みかんや、もう一つみかん食べるかい?」


「お爺ちゃん夏木愛だよ!な つ き あ い!結局覚えてくれなかった、みかんは食べる」


「デコポンは明日退院かい?孫娘が居なくなるようで寂しくなるの」


「私も寂しい!お爺ちゃん絶対に私の事忘れないでね?私も忘れないから!」


「夏木さんご飯はまだかの?」


「あと一時間したら来るよ!私のみかんちょっとだけあげるね?」


当初は不安だった通常部屋も住めば都と言うべきか、環境に順応した私は一週間楽しく部屋に籠っていた。


「夏木ちゃんお待たせ。どう、体の調子は」


「あっ、先生!お薬飲んでるから偏頭痛も今の所大丈夫だし。みかん食べ過ぎて夜ご飯食べられるか心配なくらいかなぁ…。明日退院なんだよね?」


「問題無さそうなら明日このまま退院だね、身体の方は鈍って無いかい?」


「少し鈍って来たと思う。早く身体を戻さないとバレエの発表会に間に合わないよ~」

 

六歳の頃から踊っているバレエの発表会が三ヶ月後にコンサートホールにて開かれる。身体が鈍っていないか、今は不安で仕方ない。


「夏木ちゃんは本当にバレエが好きなんだね。将来はバレリーナにでもなるのかい?」


「なれたら良いけど…どうだろう。お嫁さんの方がなりたい!子供が沢山欲しいの!」


子宝に恵まれ暖かい幸せな家族を築く、それが私の夢なのだ。


「お嫁さんになりたい?夏木ちゃんは好きな人が居るのかな」


「居る訳ないじゃん、だってこの病院お爺ちゃんしか居ないでしょ」


小さく収まる女では無い私を鳥籠から外の世界へ導く王子様、そんな運命の出会いを私は探し求めている。


「ヒロインのように扱ってくれる王子様、そんな大人の男性に引っ張られて、リードされたい物なの!」


「大人の男性か、じゃあ十年後の二十歳になる頃だね。『悪モノ』に食い物にされたら駄目だからね?ちゃんと自分の身は自分で護らないと」


「大丈夫!先生もお金持ってるんだから、財産目当ての『悪モノ』から逃げ出してね」


「何処でそんな言葉覚えたのやら…それじゃあ明日からバレエ、頑張ってね?」


「はぁ~い!先生色々とお世話になりました!」

 

長い入院生活はこうして幕を閉じた、そして翌日。


「やっと踊れる、やっぱり体が重いよぉ~」

 

重たい足取りで指先を弾く、少しの間動かさないだけで身体はまるで鉛のよう。


「先ずは身体を慣らす所から始めないと…よ~し、頑張るぞ!」

 

目指す目標は発表会、脂肪を燃やすかのようにバレエへの熱と負けず嫌いな闘志が着火する。外の世界へと舞い戻ってきた私がやるべきことは多い。




「夏木愛」の物語、オープニングの幕が上がった。



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