序章 〜とある夜のおはなし〜
人が死んだ。
それもひどく凄惨な怪死だった。
第一発見者はその家の12歳の息子とその幼馴染二人。
部屋には屍臭が満ち、元の色が分からないほど真っ赤に染まった壁紙と絨毯を差し込む日光が不気味に照らす。
五臓六腑は掻き出されたかのように飛散し、遺体は天井に貼り付いていた。
よく見ると千切られた腕が口とみぞおちに突き刺さっていて、そのまま壁を貫いている。
おぞましい死に方だった。
人の仕業とは到底思えない、怪異の存在を疑わざるを得ない怪死だ。
ーー現代にも魑魅魍魎は存在する。
妖や怨霊、そして邪悪な神々。
人々を貶める奇々怪々な神通力を使い長きに渡り人々の生活を脅かしてきた災厄。
人を堕落へと追いやるもの、
人を弄び快楽を満たすもの、
そして、死へと導くもの。
そんな魑魅魍魎を滅すべく、陰で闘うものたちがいた。
〜怪死事件から10年後〜
雲ひとつない静かな夜のことだった。
大きな青い月がビルを照らし、閑散とした路地裏に真っ黒な影を落としている。
普段は栄えていて賑やかなはずの街の中には全く人がおらず、青い月の光と仄かに赤みがかった空がより異質な空気感を醸し出していた。
そんな街のはずれを訝しげな表情で歩く青年がいた。
黒いジーパンに黒いパーカー。
上下真っ黒な服を着ているせいか、夜の暗闇によく馴染んでいる。
ガタイのいい体つきで、熊のように太くたくましい腕の先にはスマホが握られており、そのまま右耳へと当てられている。
その腕には数珠がついていた。
彼の名前は“東雲ナグモ”。
魑魅魍魎を滅すべく、陰で闘うもののひとりである。
「近いぞ…」
ナグモはそう呟くと立ち止まり、暗澹で怪しげな路地の奥をじっと見つめた。
数秒間の沈黙が響く。
すると一瞬、もの凄い速さで“なにか”が横切った。
「いたぞ!北側に回らせる」
ナグモは電話越しにそう叫ぶと、獲物を狩る猛獣のような俊敏さでその“なにか”を追った。
『了解』
電話の向こうからクールで落ち着いた返事がかえってきた。
そんな淡然たる声とは裏腹に、ナグモとその“なにか”はスピードを落とすことなく暗闇の中を駆けていく。
暗闇で蠢くそれは誰が見ても魑魅魍魎の類であるとわかる気味の悪い化け物であった。
ナグモは失速することなくその化け物のあとを追う。
「ちっ、逃げ足の速いやつだな」
そう言うとナグモは少し道をはずれて路地の壁を猿のように駆け上がったかと思うと少し先回りをして、化け物の進路を塞いだ。
「邪魔ダなぁあアアア!」
行く手を阻まれた化け物は咆哮にも似た叫び声をあげると失速することなく急旋回し、北へと進路を変えた。
「しめた!」
ナグモはそのままあとを追う。
しかし化け物はさらにスピードをあげて移動し始めた。
距離は離れて行くばかりだ。
「ちょっと待って、速すぎだろ!」
ナグモがそう嘆くと化け物は振り返り嘲けるように笑った。
このまま進めば追っ手を撒く事ができる。
そう確信した化け物は安心して前へ向き直した。
その時、
ガシャン!
突然大きな物音がしたかと思えば化け物が壁に叩きつけられ、もぞもぞと動いている。
「ナ、何ダこれは!!?」
化け物も何が起こったのか分かっていないようだ。
よく見ると刺叉のようなもので動きを封じられている。
「黙れ。動くな」
刺叉の持ち手を握るのは眼鏡をかけた知的な青年だった。
ゴミを見るかのような目で化け物を睨んでいる。
この青年の名は“灰咲ナギサ”。
先ほどの電話の声の主である。
ダボっとした服装で体格は分かりにくいが、腕の細さからみるに華奢である事が窺える。
しばらくするとナグモもそこへ到着した。
「おい遅いよ」
ナギサが咎めるとナグモは
そいつが速すぎるんだと言い訳をして、その化け物の首根っこを掴んだ。
「数日前、この街の飲食店で、夜勤だった男女2名が内蔵を食い散らかされた状態で発見されたという事件があったが……お前の仕業で間違いないな?さあ、なんか言うことはあるか?」
ナグモの眼光は鋭く化け物の眼を貫く。
化け物は唸り声をあげ、怒号を飛ばすように言った。
「チクしょう、しクジッた、ちくショウ!!!」
赤く充血した大きな眼と大きな耳、口から伸びた鋭利な牙。
二足歩行ではあるが大きな鼠の化け物であるようだ。
「どう足掻いても無駄だぞ。大人しく消えろ」
化け物はどうにか逃げ出そうとじたばた動いている。
ナグモは拳を握りしめて大きく振りかぶった。
「チクしョウ!矮小な人間如きニ消されテタまルかァァああ!!」
そういうと化け物は大きく形を変え、ナグモを包むかのように覆いかぶさった。
「やっば」
ナグモは咄嗟にスライディングをし紙一重で化け物を避けると、その化け物はそのまま地面へと倒れ込んだ。
巨岩が落ちてきたかのような衝撃音が響き、土煙があがる。
「ほら、すぐにトドメ刺さないから…」
「う、うるせぇな!すぐ片付くわ!」
「いつもそんなこと言って、僕がいなかったらまずかったこと何回ある?」
「そ、それは……ずるいだろ、結局俺もいないとまずかったことしかないだろ!」
ナギサの鋭い指摘にナグモは反論する。
図星をつかれると人は焦るものなのだ。
口喧嘩をしているとだんだんと土煙が晴れ、視界が広がった。
するとさっきより一回りかそれ以上、見上げるほどに大きくなった化け物がこちらを睨んでいた。
「すげぇ、でかくなった」
ナグモが見上げながら呟く。
筋肉が隆起し血管の浮き出た腕は丸太ほどの太さになっていて、皮膚は気味の悪い紫色に変色している。
「死ネェええエ!!」
化け物は咆哮し尖った爪をたててその太く禍々しい腕を二人へとふりかざす。
するとナギサが一歩前に出た。
ストン
化け物の首が落ちていた。
「!?」
一瞬の出来事だった。
化け物も切られたことに気づけていないようで切り口からは全く血が出ておらず、ナギサが握る薙刀の刃先にも血は一滴もついていない。
先程までは布に包められていて分からなかったが刺叉の反対側は薙刀になっているようで鋭利な刃先がついていた。
「ナ、何をシタ…!!」
化け物は膝から崩れ落ち、ナギサに問う。
ナギサはスンとした表情で化け物を一瞥すると、ナグモの方をみて顎で指図した。
「はいはい」
ナグモはそう言うと胸の前で手をパンと叩きそのまま片膝と両手を勢いよく地面へとつける。
「封陣ッ!」
すると化け物を囲うように光の円が現れ、
青年の腕についている数珠が
極彩色に輝いた。
「アァ、、あ、、や、ヤメろォ、!やメテクれ、、!」
狼狽える化け物はお構い無しに、青年は改めて拳を握りしめ化け物へと大きく振りかぶる。
ドゴォォオオン!
大木がぶつかり合うかのような鈍い音がした。
拳が頭部に命中すると殴った部分が粉砕し、光の粒のようになって全身が消えていった。
キラキラと漂う無数のそれは見惚れてしまうほど美しく光っていた。
「……油断しすぎだって」
ナギサがまた咎める。
「はいはい、分かった分かった」
ナグモはうるさいなと言わんばかりの態度でそう言うと胸の前で印を結んだ。
「じゃあ、宵闇を抜けるぞ」
印を結んだ手のひらが青紫色に光る。
そこから光が広がり、辺りを包んでいった。
すると地面から植物が生えるかのように小さな白い鳥居が現れた。
男性がくぐって入れるほどの大きさで、白く神々しいオーラを纏っている。
神額(鳥居の上の真ん中にある看板みたいなやつ)には「裏鬼門」と書かれていた。
「よっしゃ、居酒屋でも行くか?」
「酒飲めないくせに……。僕はまっすぐ帰るから、好きにして」
「つれねぇな……」
二人は躊躇う事なくそれをくぐる。
くぐった先はさっきと変わらず全く同じ寂れた路地裏だったーー
が、さっきまでの閑散とした街ではなく、
都会の街の喧騒がする。
人がいるようだ。
二人は路地から出ようと明るい方を目指す。
段々と人の声も近づいてくる。
すると突然視界が開けて、雑踏の中へと飛び出した。
路地を抜けたようだ。
「じゃあ僕先に帰ってるから」
「おい待てって、俺も帰るよ!」
ナグモはナギサのあとを追い二人は帰路に着いた。
見上げた月はさっきまで青かったはずが、白く綺麗に輝いている。
ーー「歌舞伎町一番街」
大通りに面した門のようなモニュメントには煌びやかな文字でそう記されていた。
ここは東京。
日々、怨みや嫉み、憎しみが渦巻く大都会。
これはそんな大都会に跋扈する魑魅魍魎を滅すべく闘う、二人の青年の物語である。
初めて小説というものを書いてみました!
ここまで読んでくださってありがとうございます…。