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皇の玻璃とクレアトゥーラ  作者: 平井 裕【サークル百人堂】
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08 事実と精神干渉

「――? 急にどうしたの?」

「スメラギノハリ………………」

「……頭の回転が速い人なのね、でも一体どうしてそれを?」

「『スメラギノハリ』、気になって仕方がなかったからいろいろ調べたんだが、『皇』ってかいてスメラギ、『玻璃』って書いてハリ……玻璃っていうのは水晶玉みたいな物だろ? なぁ片瀬、きみがあの事件の時に必死で説得に使っていたあの水晶玉みたいなやつって………………」

「……そう、あれも『皇の玻璃』のひとつよ」

「ひとつって……他にもたくさんあるのか?」

「私も正確には幾つあるかわからないの……でも確実にいえる事は、かなりの数……最低でも独裁的な権力者の数だけはありそうね」

「ずいぶんと抽象的な数だな……つまり具体的な数はまったくわからないという事か?」

「今、いえる事は身近にふたつの『皇の玻璃』がある事くらいかしら……」

「おいおい、そんなものが身近にふたつもあるのかよ………………」

「ひとつは私が隠し持っているわ、そしてもうひとつは………………、松永悠司が所持者よ」

「松永悠司って、あのスクールカウンセラーの?」

「そうよ……非常に残念だけどね」

「………………なるほどね、またひとつ点と点が線につながったような気がするよ」

「頭の良い男性は私、すきよ……」

「頭がいいかどうかは解からないけど……一応、礼は言っとく」

「礼儀正しいところも好感度アップよ」

「そりゃどうも……、でもさ、人の心を自在に操れるんだったらどうして片瀬は彼女の説得に失敗したんだ?」

「基本的に広く人間の精神にそれなりの作用をもたらすことが可能だけど、でも玻璃には特色というか……得意分野があるの」

「得意分野……というと?」

「さっきも言ったけど、限定的にしか人の精神に介入できないの……私の玻璃では彼女の深い精神面までは届かなかったわ」

「限定的にってどういう………………」

「ん~、おそらく皇の玻璃によって干渉できる精神面のタイプが違うのよ……、人間の感情にはたくさんの種類があるわよね? 怒り、悲しみ、喜び……まぁ、いわゆる喜怒哀楽ってやつ、それに加えて男性と女性は肉体的にも内面的にも大きく違うし、それに、玻璃によって効果の範囲もまったく違うわ」

「つまり、片瀬の玻璃は心神耗弱状態の女心にはあんまり効果がなかったってこと?」

「ひらたく言うと、そういうことね」

「なるほどね、だいたい掴めてはきたけれども……、でもだからといって彼女の投身自殺との関連性がいまいちだな……」

「私と彼女との関係性は特にないわよ、私はただ松永にあぶり出されただけ……」

「また珍妙な事を……ついでにそれも聞いておこうかね」

「――松永先生が赴任してきて、私はすぐに学園の異変に気が付いたわ……、女子生徒全体に対する精神干渉がはじまったから………………」

「精神干渉って……、また穏やかではなさそうな話だな」

「あそこまで強い干渉力だと精神攻撃といっても差し支えないわね……多分、ほとんどの女子生徒たちは無意識のうちに松永先生に気持ちが傾いていったと思うわ」

「あんなヤツにか!?」

「そう、あんなヤツに……マインドコントロールとか洗脳とか催眠術とかいわれる次元の話ではないのよ。干渉を受け続けると、時間に比例して確実に堕ちていくわ」

「新興宗教の教祖に盲目的に堕ちていくみたいだな」

「もっと酷いと思うわ………………最終的にはあっさりと、死さえもいとわないくらいに傾倒してしまうもの……」

「それで彼女もあっさり投身自殺を選んだというのか……松永の所為で? でも、女子生徒に対する精神干渉でなぜ彼女だけ死を選んだんだよ? それに彼女を殺す動機も不明だし……」

「彼にとっては別に誰でもよかったんだと思うわ……楽に感情を支配できる弱い娘が丁度いたから、松永先生は彼女を利用しただけ。松永先生は女子生徒に対する精神干渉をはじめてからすぐに自分の精神干渉を邪魔する存在に気付いたの、でもそれが誰なのか迄は解からなかった……だから松永先生は必至でそれが誰なのかを探していたわ……自分と同じ能力を持つもの、果ては皇の玻璃を持つ者を………………でもね、私もそんなに馬鹿じゃないわ。そう簡単には尻尾を掴ませてやるつもりはなかったの……、でもね……業を煮やしたあの男は手段を選ばなかったわ………………」

「……松永の奴、いったい何を!?」

「自分の感情支配の及ばない強い精神耐性のある人間に対して深層心理にうったえるという形でメッセージを送ってきたわ、精神的抵抗力のない女の子に強い精神攻撃を仕掛けて殺す、と………………深層心理にうったえかけている状態だから、まず誰も意識的にこの脅迫を認識することは出来ないわ……この事実を知っている私以外には……、ね」

「松永の奴、性格は悪いが頭はそこそこ切れるヤツだ……確かにその方法なら、奴の精神支配が及んでいない人間をうまくいけばあぶり出すことができる。もし精神が奴の支配下にあれば、その人間はなにも行動を起こさない。しかし、松永の精神支配が及んでいない人間なら、良心の呵責を感じて、これから死ぬという女の子を助けに走るかもしれない………………そうなれば相手の思惑通りだし、もし、助けに走らなくても、良心の呵責を感じて精神面に付け入る隙が出来たなら、そこをつく事が出来る……どちらにしても巧妙な手口だな」

「そういう事……だったら彼女を助けに走るしかないじゃない? 実質、私には選択肢なんてなかったわ………………」

「あの坂道で、片瀬と初めて出会った時、どうしてきみがあんなに挙動不審で焦っていたのかが今になってやっとわかったよ………………」

「……あの時は、とにかく焦っていたのは確かね。もし何か失礼があったなら、ごめんなさい」

「いや、失礼なんて……なにもないよ、心配すんな…………。ところで、気になる事がさらにひとつあるんだが……」

「なにかしら?」

「身元がバレてから、ひょっとして松永の奴にまた脅迫されたりしてるんじゃないのか……俺、保健室前の渡り廊下での松永との会話をよく覚えているんだよね」

「今のところはまだ……でも時間の問題ね、遅かれ早かれきっとそうなるわ」

「あの性格なら間違いない……となると最悪の場合は犠牲者がまた出てしまうな………………」

「私も無関心を演じて隙を見せないようにはしているけど……どうしたものかしらね」

「松永の要求は一体なんなんだ?」

「あなたほど聡明な頭脳なら想像に難くないはずよ」

「皇の玻璃を渡せ、さもなくば……ってところか?」

「現段階では『ふたりで協力し合って、この腐った社会を正しい世界に導いていこう』なんて奇麗事をのたまっているわ……けど本心は、私も含めてのすべての支配よ」

「皇の玻璃を渡さなければ新たな犠牲者が……しかし玻璃を渡せば………………」

「すべて終わりよ……玻璃を渡してしまえば私も松永先生の精神攻撃に対抗できないわ、今の私は皇の玻璃のおかげで何とかあの男に対抗できているの……、隠してある私の玻璃がどこにあるのかわからないから、彼は私に手荒な真似をしないだけ……もし皇の玻璃のありかが知れてしまえば………………それまでよ」

「そっか……、きみはひとりでずっと戦っていたんだね………………」

「………………これでご納得いただけて? もうそろそろ、この辺でいいかしら? あんまり遅くなると困るわ」

「あ、あぁ……そ、そうだよね、ごめんごめん」

「解かっているとは思うけど……、くれぐれも忠告は忘れないでちょうだいね」

「これだけ俺に話をしておいて首を突っ込むなって? だったらどうして俺なんかに詳しく話を聞かせてくれたんだよ?」

「………………所詮は私も女ってことよね、メンタル面も含めて、やっぱり女はか弱いのよ。時には誰かに愚痴も言いたくなるし、心境を吐露したくもなるわ……でも、どうしてあなただったのかしらね? 私の深層心理があなとだけはもっともっと、深くつながっていたいとでも感じているのかしら?」

「いや、俺に聞かれてもなぁ………………」

「いい事を教えてあげるわ……私たち人類は深層心理のさらに奥で全員つながっているのよ、私の世界はあなたの世界でもあるの……この事の意味、解かる?」

「んにゃ、まったく………………」

「まぁ、それはそうよね……じゃあ、忘れてちょうだい。それか、ラノベの読み過ぎな妄想女の戯言とでも思っていて」

「まぁ、それじゃあ……そうさせてもらおうかな」

「えぇ、そうしてちょうだい………………」


 ――こうして一通り片瀬から話を聞き、俺たちは時間差で公園を出て、互いの帰路についた。あまりにも現実離れした話だが、妄想にしては出来過ぎている気もする。細かい疑問は幾つか残るが、しかし、決定的な矛盾点は見当たらない奇麗に筋道の通った話だった――。

 だからといって安易に彼女の言葉をすべて信じ切れるものでもない。もしかしたら本当に、彼女のただの妄想かも知れないし、ひょっとしたら彼女自信が精神面において、何らかの疾患を抱えているのかもしれない。彼女の話が現実にしろ妄想にしろ、どっちにしても俺には直接関係はないのだが、めずらしく好奇心がくすぐられるのも確かだった。

 もし片瀬の話が妄想なら、それはそれで理路整然とした妄想につきあうのもなかなかに面白そうだし、仮に現実だったとしても、それはそれで危機感のまったくなかったこの時の俺は、退屈な日常を淡々と送る日々よりも、多少、刺激のある生活を送れた方がマシかな……くらいの浅薄な考えだった。今、思い返してみても、当時、自分がそう考えていたことに何の不思議も感じない。非現実的なあんな話、誰がどう考えたって、当然、みんな俺と同じように考えるに決まっている。そもそも、こんな突拍子もない話をいったい誰が本気で信じるっていうんだ………………頭の回転は多少はやくても、いまいちイマジネーションが浮かばない俺にとって、全く実感の湧かない話だった……、だがしかし、この智慮浅はかな俺の考えは最悪のかたちで後悔と共にあらためさせられる事になる――――――。

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