06 スクールカウンセラー
「――みつけた!? 片瀬! 片瀬桜子!!」
やっとの思いで彼女の容姿を確認できた喜びからか、小走りで近づきつつ、つい俺は彼女の名前を大声で叫んでしまった。
「――!? あなたは、確か……、あの時の………………」
「覚えていてくれているとは光栄だね。もう一週間近くも前だけど、君が朝の坂道で……」
そう俺が話し出すと、片瀬桜子は右手で俺の話を途中で遮り、まるで殺気を帯びた様な鋭い目つきで俺を睨みつけた。
「失礼ですが多くを語らなくても結構よ! 以前にあの坂でお会いした事は覚えています……で? なにかご用かしら?」
「え!? い、いや……用ってほどでは………………」
「そう……それならまたにして下さい。生憎と今日は忙しいので……」
「……は、はい」
あまりの迫力に俺は、そう答えること以外できなかった。
「……という事で、松永先生、この辺でもうよろしいかしら?」
片瀬桜子は振り返り、白衣の神経質そうな男にそういった。
「まぁ、いいでしょう……片瀬くん、何かあったらいつでも僕の所にたずねてきたまえ、あんな事件があった後だしね……こう見えても僕はなかなか優秀な臨床心理士なんだよ? それにスクールカウンセラーとして立場上、君たちのメンタル面のケアはしなければならないと思っているからね……、ちゃんとサポートさせていただくよ、特に君だけは特別にね………………」
「ありがたいお言葉ですが、私、あの件に関しては何とも思っていませんので……」
「そうかい? ひょっとしたら責任を感じているんじゃないかと思って心配していたんだよ」
「責任? 確かに私は彼女の説得には失敗しましたが、だからといって私にそんなものがあるわけないじゃないですか……、バカバカしい」
「まぁ、気に病んでいないのならそれでいいんだがね」
「一切、気に病んでなんかいませんよ……それよりもカウンセリングなら他の生徒にして差し上げたらよろしいのでは? 例えばそこの彼とか……」
そういって片瀬は鋭いまなざしで俺を一瞥する。
「ははは、きみにもカウンセリングが必要かい? 男のくせに?」
「え、いや……俺は………………」
「冗談冗談、ジョーダンだよ。あの件に関して、きみは無関係の人間だろう? だったら周囲の人間たちのように無関心でいなさい。というよりも……余計なことは考えない方がいいよ、わかったね?」
「………………………………はい」
この松永とかいう男の高圧的な態度と物言いはハッキリいって鼻につくが、俺は余計な面倒を避ける為、訝しく思いながらもそう答えた――。
「――それじゃ、片瀬くん、ごきげんよう……くれぐれも先日のあの話、考えておいてくれたまえよ……人が死ぬところをもう見たくはないだろう? 『スメラギノハリ』を持つふたりが協力すれば、二度とあんな悲惨な事件は起きないんだよ? わかっているね?」
「ごきげんよう、松永先生………………」
異様な空気を纏うふたりのやり取りに呆気にとられ、結局、俺は片瀬桜子と何も話をする事が出来なかった。それにしても、あの松永とかいうスクールカウンセラーの気味の悪さは尋常ではない……つり目がちの顔に薄気味悪い笑顔を浮かべ、まるで人の気持ちを無断で覗き見るような……もしくはプライバシーを常に詮索されているような……そんな不快な気持ちにさせる話し方をするヤツだった。あんなヤツにカウンセリングなんかされたら逆に精神が余計にまいってしまう気さえする……とにかく印象のひどく悪い男だった――――――。
――そして、この日の夜、どこで俺のアドレスを得たのか知らないが、片瀬桜子から一通のメールが俺のケータイに届く。
『勝手にアドレス調べてごめんなさい。麻績優斗くんですよね? 今日の放課後、保健室前の渡り廊下での不遜な態度をお許しください。詳しくは説明できませんが、あの時はどうしてもああいう態度をとるしかなかったのです。本当にごめんなさい。それと、今後は学園内で目立った行動をとらないようにしてください。特に投身自殺の件に関しては一切、触れないように努めてください。みんなと同じようにまったく関心がない、そんな態度でいる事を切に願います。身勝手で失礼な事をいっているのは重々承知しておりますが、くれぐれもよろしくお願いいたします。そして、重ねて大変申し訳ないのですが……今後一切、私には近づかないでください。本当に失礼な事ばかり言って申し訳ありませんが、どうか、どうか、そのようによろしくお願いいたします。
――追伸、このメールのことは誰にも言わずに心の奥底にしまっておいてください。そして、このメールを読んだら直ぐに破棄してください……何度も重ねてワガママをいって本当に申し訳ありません』
「なんだ、これ……? 今後、一切近づくなって………………、メールも破棄しろって……、どういうことだよ………………?」
彼女の性格や素性はよく知らないが、しかし、この文面から察するに頭のおかしい娘ではないことは間違いないと判断できそうだ。表面的にこのメールを浅く解釈すれば、本当にただの失礼なメールにしか見えないかもしれないが、ひとつひとつ深く掘り下げて考えていくと彼女の思慮深さが窺える。
文面から判断するに、どうもこの学園の現状の異様さを認識しているのは俺だけではなく、片瀬桜子も認識している事は間違いない。あの時のスクールカウンセラーとの会話を思い出してみると、おそらく片瀬桜子も無関心を装っているのだろう。詳しいことは説明できないという文言からは、裏を返せば今回の件に関して何かしらの事情が存在しているという事を如実に物語っている。
今後、一切近づくなと書かれてはいたが、これだけ様々な納得のいかない不審な点や不信感を未消化のまま、モヤモヤとした気持ちで学園生活を過ごすのは精神衛生上もよろしくはなさそうだ。それに、点在している事象を一本の線に繋げたくなるのは人間の性……、少なくともそれなりに納得のいく答えを俺は導き出したいと強く思っていた――――――。
「――会いに行くか、もう一度」
そう心に決めた俺は、片瀬桜子の忠告を聞きつつ、静かに行動を開始する……この先に待ち受ける、形容し難い凄惨な現実も知らずに――――――。