05 違和感
――――――陰惨な事件から数日が経過し、しばらく休校の措置をとっていた鳴戸坂学園であったが、次の週明けから授業が再開されるというメールが健太郎から届いた。学園のWEBサイトで確認をすると確かに授業再開の告知が公式に行われている。だがしかし、なにか妙だ……事件の詳細を事細かにサイトに掲載する必要性はないと思うが、休校のきっかけくらいはオブラートに包んでやんわりと伝えるくらいの事はあってもいいはずだ……だが、事件の詳細どころか、大まかな概要さえも掲載されていない。単純に『週明けから授業再開』と機械的に淡々と記されているだけで、そこには何の説明もなされてはいなかった。
よくよく考えてみるとここ数日の間、ニュース番組や新聞、週刊誌などのメディアで今回の投身自殺事件の報道を一切目にしてはいない。ネットで検索してみてもこの件に関しての情報は一件のヒットもない……現代の高度に情報化されたこの社会で、はたしてこんなことがあるだろうか………………。
学校側が隠蔽するにしたって、いくらなんでも限度があるはずだ。警察機関に情報が流れていることは間違いないし、あれだけの証人や目撃者がいる事を考えると、情報規制をかけるにしたって限界はある。なのにどうして、一切何事もなかったかのように誰もが何も言わず口をつむぎ、触れず、まるで急速な風化を人為的に行うかのような現象が起こっているのだろうか。深く考えれば考えるほど、俺のこのささやかな疑問は徐々に徐々に、なんともいえない恐怖へと変わっていった――――――。
「――毎度のことながら、この坂はキツイな」
憂鬱な週明けがやってきた。学校とお勉強が大好きなヤツなら待ちに待った授業再開かもしれないが、勤勉という言葉とは程遠い位置にいる俺にとって授業再開は、億劫な事この上ない。しかも、あれだけの事件があった後だ……おそらく校内も鬱々とした雰囲気なのだろう――。
「――ん? あれは、健太郎か? おーい、健太郎!」
偶然にも健太郎を坂道の途中で見つけた俺は、走って健太郎まで距離をつめる。そして追いつき、後方から右手で健太郎の左肩をつかむ。
「よう、健太郎!」
「おっす! 優斗、今日もさわやかな朝だねぇ」
「は? さわやかな朝? 結構、鬱々としていると思ったんだがな……」
「ん? なんでよ?」
「なんでって、おまえ……あんな事があった後だし、学校もかったるいし……」
「あんな事?」
「いやいやいやいや、おまえ大丈夫か? エグイ事があったばかりじゃねぇか!?」
「――?」
「まじかよ……、無関心もここまでくると尊敬に値するわ。はぁ、まぁいいや……、いよいよ休校明けで授業再開だな……色々あったから、俺はなんだか気分が晴れないよ………………」
このとき俺は、健太郎らしいといえば健太郎らしいとは思ったが、やはり一抹の不安は拭い去れなかった。いくらなんでも無関心すぎる……、俺だけが神経質になり過ぎているのかとも考えたが、教室に着き、授業が再開され、昼休みに弁当を食べて、午後の授業を受け、そして放課後になり、みんな帰り支度を始める……俺はまったく抵抗感のない、あまりにいつも通り過ぎるこの光景とゾッとするほどに透明感のある空気を肌で感じ、確信する。
何かがおかしい………………まるで学園全体が新興宗教のマインドコントロールでも受けたかのような気味の悪い雰囲気を醸し出している……論理的な説明も出来ない、具体的な証拠を明示することも出来ないが、確実に何かがおかしかった――――――。
「――俺、どうかしちまったのかな………………」
基本的に現代っ子な俺は、良くいえばクールなのだが悪く言えば冷めているところがあった。おそらくそれは俺に限らず、この世代の高校生なら間々、ありがちな事で俺だけが特別ではないはずだ。だが、それにしたって学園内全員がまったく何の反応も示さず、今回の件に関して無関心なんてことがあるだろうか……。精神的なショックから立ち直れずにいる女子のひとりもいていいはずだ。しかし、幸運な事に、どういうわけかそんな女子生徒は、少なくとも俺のクラスにはひとりもいなかった。
「――!? 片瀬桜子は……!?」
学園全体に蔓延する異様な雰囲気と気味が悪いほどの透明感、不安と違和を感じていた俺は、なぜか突然、片瀬桜子を思い出す。会わなくちゃ……、どうしても片瀬桜子に会わなきゃいけない気がする――――――。
理由はまったく解からない……けど、どうしても俺は、今日、彼女に会わなければならないような気がして仕方がなかった――。
「急ごう、もう放課後だ……健太郎、俺、急用を思い出したから先に帰るわ! じゃ、またな!!」
「ん? そうなん? じゃあ、また明日な」
「おう!!」
そういって俺はひとり、慌ただしく教室を飛び出し、そして気付く……、クラスはおろか、学年さえも俺は片瀬桜子の事を何も知らなかったのだ。戻って健太郎に聞くのも癪だし、なんとなく他人を巻き込むような気がして、周囲にたずねる事も気が引けて出来なかった。
「ちくしょう……端から端まで片っ端からつぶしてくか……」
あまりに安易な思いつきで我ながら悲しくなるが、小走りで俺は学園内を徘徊し、片瀬桜子の姿を追い求めた。
校舎の三階から地下施設まで、果ては南校舎まで回って、再び俺のいた本校舎に戻って来て、もう一度、三階から地下施設まで散策している途中だった……偶然にも、二階保健室へとつながる渡り廊下で、細身で白衣を着た男と話をしている片瀬桜子をみつける――――――。