02 出会い
「――かえしてッッッ!!」
拾い上げた水晶玉に見惚れていた俺に突如、物凄い剣幕で叫ぶ女の子が目の前に立っていた。
「お願いだからかえしてくださいッ!!」
俺がそんなに悪者にでも見えるのだろうか……確かに、俺は仏のような顔をしている訳ではないし、どちらかといえば目つきも悪い。見方によっては一見すると不良っぽく見えなくもないが、だからといってなにもそんなに怯える事もないだろうに……。
「お願いします……お願いします……それを返してください! お願いします!!」
この尋常ならざる彼女の慌てっぷりは一体なんなんだ……確かに珍しい水晶玉なのは間違いないのだろうが、そんなにも貴重なものなのか……、はたまた俺の想像を絶するほどの高価なものなのだろうか――。
「なにもそんなに怖がらなくても……大丈夫だよ、別に盗って逃げたりしないよ」
そういって俺は、ズシリと重い奇妙な水晶玉を彼女に手渡した。
「あ、ありがとうございます!」
彼女はそういうと、胸に手を当てるように両手でギュッと水晶玉を握りしめた――心なしか、呼吸もひどく荒く見える。
「……大丈夫か? そんなに大事なものなら学園なんかに持ってこないで、大切に金庫にでもしまっておけばいいじゃん?」
「………………そ、そうですよね……すみません」
鋭い目つきに近年めずらしい古風な真っ黒い艶のあるロングヘアー、女の子のわりに筋肉質そうなスラッとした体型、そして一際特徴的なのが左目の下にある三つのほくろ……。まるで涙の伝った後の様な、縦に連なるほくろがひどく印象的だった――。
目つきの鋭さからか、一見すると凛々しく見える風貌の少女なのだが、この怯えた様子だと外見とは真逆で怖がり屋さんなのかもしれない。
「ところで、ちょこっと聞きたいんだけどさ……その奇妙な水晶玉? それってなんなの? なんか電池が内蔵されている訳でもないのにずっと光ってるし、玉の中にはなんか文字みたいなものが浮かんでくるし……、しかもどういう訳かめちゃくちゃ重いじゃん。マジでそれって一体なんなの?」
ただの好奇心からの質問だった。特に何かを深く疑っていたわけでは当然ないし、俺はその奇妙な水晶玉が単純に不思議でしょうがなかっただけで、本当に他意はなかった――。
「………………………………………………………………!?」
俺は何か失礼なことでも聞いてしまったのだろうか……彼女は突如、凄まじい形相に変わり、上から下まで舐めまわすような、もしくは、まるで人を値踏みするように視線を泳がせた後、黙ったまま俺を睨み付けた。
「あ……、えっと……いや……、その……、ごめん……、もしかして何か俺、失礼なことでも聞いちゃったのかな………………?」
「――え!? あ、いえ……こちらこそ本当にごめんなさい! 失礼な事とかは、別に何も……」
しどろもどろしていた彼女はそういうと、突然なにかを思い出したようにハッとして姿勢を正し、慌てて態度をあらためた――。
「何か凄く慌てているというか……動揺しているというか……本当にどうしたの? 大丈夫?」
彼女はそう尋ねる俺に対して、うつむき加減でまたも黙ったままだった。
「いや、まぁ……、話したくないなら別にいいけどさ……なにもそんなに怖がることもないんじゃない? その制服を着ているってことは俺と同じ鳴戸坂学園の生徒でしょ? 少なくとも同じ学園の生徒なんだしさ、お互いに身元のしっかりしている者同士で特に怪しい者じゃないことぐらいはちょっと考えればわかることでしょ? いくらなんでもそこまで警戒しなくても大丈夫だよ」
俺は出来得る限りのフランクな対応を試みる。丁寧過ぎる対応もなんだか不自然だし、逆に不良っぽく粗暴な態度もまた余計に怖がらせてしまいそうでナンセンスだと思った――。
今の俺に出来るベストな対応は可能な範囲でライトに、深く物事を考えてはいない素振りで、お気楽な態度を思いやりをもって表してあげる事だった。
「あ、ありがとうございます。なんだかお気を遣っていただいて……すみません」
「なにをそんなに警戒しているのか知らないけど、そんなに固くならずにさ、気楽に接してよ」
「はい! 本当にありがとうございます!!」
そういうと彼女は、先程までとはうって変わってまるで別人のようにパァーっと明るい表情を俺に見せてくれた。笑顔の彼女はとても愛らしく、本当についさっきまでの彼女と同一人物とはとても思えないくらい、本当に無邪気な笑顔に見えた――。それは同時にそれだけ彼女は強く怯え、警戒していた事の裏返しでもある。一気に彼女の警戒心が解けたからこそ窺う事が出来た安堵の笑顔だったのかもしれない。
「そ、それじゃあ私、急いでいるのでもう行きますね!」
「えっ? あ、あぁ、うん……それじゃあ………………」
「では、失礼いたします」
そういうと彼女は、勾配のキツイ坂を小走りで校舎に向かって行ってしまった――――――。
なんというか、せっかちというか……そっけないというか……せめて自己紹介だけでもと考えていたのはどうも俺だけだったらしい。どうせ同じ校舎に向かうんだから、クラスは違えど途中迄でも一緒に行けば良さそうなものだが……しかし、やたらと気を遣うハメになりそうな感じもして……、正直なところ、彼女がひとりでさっさと行ってしまった事に少しほっとしている自分がいた。
「――やべッ! もうこんな時間かよ!? 俺もそんなにゆっくりはしてらんねぇわ!」
いつも通りの時間に家を出たが、思いのほか彼女とのやりとりで時間を食ってしまったようだった。朝っぱらから少し酷だが、この坂道を俺は学園に向かって走り出す――。
いつも通り、特に深く物事を考えてはいない――。いつも通り、特に緊張感のない朝――。彼女との出会い以外は、いつもと何も変わらない朝だった――――――。