01 皇の玻璃
人は誰もが皆、自分だけは特別な存在だと潜在的に思っているのだろう――――――。
――ラジオや報道番組から垂れ流されている悲惨な現実は所詮、他人事でしかなく、そんな凄惨な現実も自分には関係がないと歯牙にもかけない……、時間が経てば忘れてしまう人間がほとんどだ。おそらく、特別大きな不幸は自分にはきっと降りかからないとでも思っているのだろう。そしてそれは、概ね正しい。大概の人間は特別大きな不幸に見舞われることもなく、そして特別な僥倖もありえない。もちろん自分も含め、殆どの人間はその他大勢でしかなく、所詮は大海の一滴でしかない。一粒の水滴が大海の流れを変える事などできはしないのだ。
そんな現実を多くの人間は特に認識もせず、人は自分を特別な存在だと思い込み、心のどこかで他人を嘲り、軽んじているのかもしれない。それが本能的なものなのか、単純に優越感に浸りたいという人間独特の残忍さ故なのか、その理由は俺にはわからない。性善説や性悪説、人の持つ深層心理や人間本来の精神や魂、心といったものの本質を現代の科学で解明など出来ようはずもないのだ。有史以来、人が人を超えようと、論理立てた形而上学的な解釈や宗教観、そして自分の想像を遥かに超える科学技術をもってして、人は人を超越しようといつの時代も試みてきた。だがしかし、俺たちは所詮、人間なのだから当然に自然の摂理には逆らえない。
人間が人間である以上、人は人の限界を超えられない――。もし俺が霊長類ヒト科のオスの限界を超えたいのならば、人間をやめるしかない。とはいえ、人間として生まれてきた以上はどうしようも出来ない事が残念ながら現実だ。動画投稿サイト等の巷にあふれる、何か勘違いしたチープな人気者が気取る『神』などではなく、人は人の器のままでは決して真の意味での『カミ』にはなれないのだ――――――。
「――忘れ物は特にないよな……、それじゃあ行ってきます!」
「待ちなさい、優斗! あんた、お弁当忘れているわよ!」
「えッ!? 本当だ……カバンの中にない………………」
「優斗ってば頭の回転は速いけど、こういうところは抜けてるわよね」
「ありがとう母さん、これでお昼にひもじい思いをしなくてすみそうだよ」
「あなたまだ育ちざかりなんだからちゃんと食べなきゃだめよ」
「育ちざかりって……俺は、もうそんな歳じゃねえっての……」
「バカね優斗、男の子は二十五歳くらいまでは成長期なのよ」
「そんな話、聞いたことねえよ……」
「そうなの! もういいから、はやく学校いきなさい!!
「はいよ、それじゃ、あらためて行ってきます!!
「いってらっしゃい。ぼーっと歩いてたらダメだからね、車に気を付けて行くのよー」
――そんな、いつもと何もかわらない朝の風景だった。いつもと変わらず最寄駅に向かい、いつもと変わらず四十分発の電車に乗る。そして、いつもと変わらず鳴戸坂学園前駅で下車し、校舎まで少し勾配のキツイ坂を上る。そう……いつもと何も変わらない、高校に入学してから約二年間、ほぼ毎日繰り返してきた事を今日もただ繰り返す……そして、今日もいつもと何もかわらない一日をただ漫然と過ごすのだろう――――――。
「――ふぅ……毎朝の事ながら、この坂キツイわ………………!? ――ん!? なんだ……?」
少し急な勾配の坂を上っていると何かキラキラと光る透明な球体が俺の足元に転がってくる。
「なんだこれ………………? 水晶玉か?」
俺は、足元に転がってきたキラキラと鈍く光る、野球のボールよりも一回りほど大きいその水晶玉を拾い上げた。
「意外と重てぇな……っていうかこのサイズでこの重さは異常だろ……どんだけ密度が高いんだよ、しかも玉の中で何か幾何学模様みたいなものがキラキラ光ってるし………………」
俺はなんの気なしに拾い上げたこの水晶玉に惹かれると共に、ある種の違和を感じていた。まだ、ほんの十七年程度しか生きてはいない短い人生だが、俺は今までにこんな異様なものを手にしたのは初めてだった。
原理も仕組みもまったくわからないが、なぜかこの水晶玉は中心部から鈍い光を放っており、なにか独特なエネルギーを発しているような……そんな気がしてならなかった――。