表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/62

異世界、ふたたび

 俺は今朝、異世界に行った。玄関のドアを開けたら、女の子が暴漢3人に襲われていて、それを無我夢中で助け出した。

 それから、なんやかんやあって家へ帰れた。妹の舞依や幼なじみのはるか、舞依の友達の涼子ちゃんや担任の爽華先生――色んな人たちとの変わりない日常を過ごす内に、あれは夢だったんじゃないかと、次第に忘れていったんだ。

 だけど、バイト先のロッカールームへ続く扉を開けたら、再び異世界へ来てしまった。


「なんで?」


 頭の中を埋め尽くす疑問が、無意識に口から突いて出た。

 目の前には、長い廊下の中央を囲むように、鎧を着て剣を掲げた騎士たちがずらりと整列している。

 バイト先の鍵を取り落とすと、騎士たちがジロリと俺を見る。


「まあ! あなた様は、今朝の!」


 廊下の先で、段差の上の豪華な椅子に座る女の子が、跳ねるように立ち上がった。

 その顔を見て、俺は思い出す。彼女こそ、俺が今朝助けた女の子――ティアラだ。ヴァルス王国の、お姫様(プリンセス)

 やっぱり、あれは夢なんかじゃなかったんだ。事実を突きつけるように、後ろで重々しい音を立てて扉が閉まった。


「貴様は!?」


 1人の騎士が、右の列から出てきた。たしか、フレッド隊長、だったか。

 一際強面かつ重厚な鎧のフレッド隊長は、俺のことを覚えていたらしく、顔を見るや否や眉を険しく潜めた。

 フレッド隊長はブオンと剣を振るい上げ、剣先を俺に向けた。


「捕らえ――」

「ません!」


 フレッド隊長の号令を、ティアラが段上で掻き消した。


「姫様!?」

「フレッド隊長、何度も言っているでしょう? あの方は(わたくし)を助けてくださった、命の恩人ですわ」


 遠いが、ティアラとフレッド隊長が言い合っているのが、辛うじて聞こえた。

 ティアラは、何やら必死に訴えかけているフレッド隊長をプイッと無視し、俺を見た。ニコ〜、と。お姫様にしてはえらく俗っぽい、快活な笑顔を浮かべる。

 途端、ティアラは段を駆け降りて俺の方へ走ってきた。


「おぉ!?」

「なんと!?」

「姫様っ!?」


 兵士たちの呟きが、ぐちゃぐちゃに聞こえてきた。けど、ティアラのことを心配する声というのが共通していることは分かった。

 現に、ティアラは繊細な装飾が綺羅びやかな高いハイヒールを履いて、走ってくる。赤いカーペットの真ん中を、てとてと駆けるその足取りは、慣れているものの少し危うい。

 案の定、俺から15メートルほど離れたところで、ぱてんと前のめりに転んでしまう。


「ああ! 姫様、言わんこっちゃない――」


 フレッド隊長が言い終わるより先に、ティアラは自力で立ち上がり、何事もなかったかのように俺の方へ近づいてきた。

 ずい、と。ティアラは身を乗り出して俺の顔を見つめた。流れるような金色の前髪、無垢な紺碧の瞳が、目の前いっぱいになる。

 ――やっぱり、この世界には少し異質なくらい可愛い。


「やっと見つけましたわっ! ちょうど、国中を挙げてあなた様を捜索いたしますよう、皆様にお願いするところでしたの」


 なんてことしてんだ。

 まるで俺が極悪人の手配犯みたいだ。


「半日も、一体どこへ行かれてましたの?」

「えっと……元の世界に」


 俺は答えながら、どうやら現実と異世界の時間の流れが同じらしいことを悟った。

 今朝ティアラを助けてから、大体半日くらい経つ。


「急にいなくなってしまわれるから、すごく探しましたわ。まだ、ちゃんとお礼もできてないのに」

「そんな、礼なんていい。誘拐されそうな子を助けるのは当然だ」


 平然と言うと、ティアラの眼差しが気になった。真っ直ぐで、奥底を見つめるような視線が、俺の視線と重なる。


「あなた様……よろしければ、お名前を聞いても?」

「――佳助ケイスケ


 潤んだ上目遣いに抗えず、俺は名乗ってしまった。


「無礼者ーーー!」


 耳鳴りがしそうな怒号に、俺はビクンと肩を震わせた。

 フレッド隊長が、最前列からガシャガシャ鎧を鳴らして近寄ってくる。その険しい表情、1歩1歩地面を踏みつけるような足取りから、怒っているのは明らかだ。

 隊長はティアラが何か言う前に、俺の胸ぐらを掴んだ。


小童こわっぱが、姫様と軽々しくお言葉を交わしおって。本当にいい加減にしないと、殺すぞ」


 その覇気に、思わず生唾を飲み込む。

 寒気がする。なんだ、この凄みは。ちょっとでも何か間違えば、本気で殺されそうだ。

 冷や汗が頬を伝う感触がしたが、そこへすかさずティアラが間に入ってくれた。


「いい加減にするのは、あなたの方ですわ。フレッド隊長、ケイスケ様は賊から私を救って――」

「こやつこそ、賊の一味かもしれぬのですぞ!」


 フレッド隊長は、言葉とは裏腹に、確信に満ちた口調で言いながら、俺を指差した。

 違うけど。

 ティアラは、信じられないと言いたげに目を見開く。


「まさか……何を証拠に言うのです? ケイスケ様が賊たちのお仲間なら、なぜ私を助けてくださったというの?」

「姫様の寛大なる御心につけ入り、確実に誘拐するために決まっております!」

「あら。でしたら私、そんな回りくどい方法でなくとも、きっと普通に誘拐されてましたわ。あの3人の賊に」


 ティアラとフレッド隊長が議論を交わしている傍ら、俺は鞄からスマホを取り出そうとした。

 急がないと遅刻してしまう。いや、既に遅刻してるかもしれない。それなら、せめて連絡しないと。でも、鍵を取りに来たのを見られているし、どう言い訳しよう……。

 考えながら鞄をまさぐっていると、それまで微動だにしなかった他の騎士たちが、一斉に俺を取り囲んで剣を向けた。


「動くな!」

「妙なことをすれば殺す!」

「その変な荷物を置け!」


 血の気が多そうな台詞を、一挙に浴びせられた。俺は聞こえた限りの怒鳴り声に従って、鞄をドサッと落とし、石のように固まった。


「では、最高審問会を開きましょう」


 穏やかな声が提案すると、俺を囲む騎士たちが道を開け、ルドルフがやって来た。


「国王陛下はご多忙だ。最高である必要はないだろう。オレ1人で、この小童の口を割るには十分だ」

「ですから代理最高審問会を。陛下の代理人に大臣を、それから正規審問官の断罪管理長官と内務理事長を召集し、彼を審議します」

「だから、そんな大勢呼ばなくとも、オレ1人の審問で事は足りると言っている!」

「姫様をはじめ、王位継承権を持つ王族への反逆行為は最高審問会にて審議されるべき大罪であると、我がヴァルス王国の法律が定めています。第1王位継承者の執事として、代理最高審問会の召集を宣言します! …………よろしいですね、姫様?」


 ルドルフは、恭しく頭を下げながら、ティアラに訊ねる。


「もちろんですわ! 皆様の面前で、私がケイスケ様の潔白を証明いたします!」


 ティアラは得意な顔で俺の腕を掴む。フレッド隊長が『ああ、またそんな……!』と嘆いたが、彼女は無視した。


「ケイスケ様。私、あなた様が賊のお仲間でないと認められたら、ぜひお願いしたいことがございますのっ!」


 ティアラは、俺の腕を引っ張って、大きな扉を押し開けた。赤と白と金の豪華な廊下を左に折れ、俺は引きずられるようにティアラの後を着いていく。

 ふと振り返ると、フレッド隊長とルドルフが俺たちの――いや、多分()()後ろ姿を見ていた。

 今度はいつ帰れるんだろう…………。遅刻確定のバイトと、家で帰りを待つ舞依やはるかを想うと、俺は溜め息をついた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ