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 俺と舞依はダイアデム学園の初日を終え、現代の家に帰ってきた。


「あ、舞依ちゃん、佳助。おかえりー」


 無人と思っていた家の奥から、エプロン姿のはるかがひょこっと顔を覗かせた。


「わーっ、はるかちゃんただいまー!」

「どうした、はるか」


 何の気なしに訊くと、はるかは怒ったような顔をして近づいてきた。

 16年間ずっと幼なじみをやってると分かるが、はるかが怒ったような顔をしている時は、大抵怒っている。


「どうしたって……今日は2人が遅くなるって聞いたから、晩ごはん用意してあげたんじゃん!」


 はるかは鼻先が触れ合いそうなほど顔を近づけて言った。


「…………舞依。今日出かけること、はるかに言ったのか?」


 俺はジロリと舞依を見る。


「うん。――はっ。……ご、ごめん、お兄ちゃん…………」


 舞依は最初きょとんとしていたが、やがて思い出したように『しまった』と顔をしかめた。

 舞依に異世界のことがバレてしまった日、俺は舞依にある約束をさせた。


「舞依。絶対に異世界のことは誰にも言っちゃ駄目だ」

「え? なんで?」

「異世界なんて言っても、誰も信じないし、もしかしたら変な奴って気味悪がられるかもしれない。

 それに、連れて行ってほしいって奴が出てきたら、収拾がつかなくなる。異世界には魔法があって、戦いがあるんだから危険だ。

 特に、はるかや舞依の友達――涼子ちゃんたちを巻き込まないためにも、秘密にしておこう」

「……お兄ちゃんとマイ、2人だけの秘密?」

「ああ。知ってるのは、俺と舞依の2人だけだ」

「っ…………わかった。マイとお兄ちゃんだけが知ってる、2人きりの秘密。マイ、絶対守るからねっ!」


 それが、つい数日前のことである。


「約束破るの早くないか?」

「ち、ちがっ……お兄ちゃん、違うよ! マイ、約束は破らないもん! たとえ破ったとしても、お兄ちゃんとの約束だけは、何があっても絶対破らないもんっ!

 ただ…………忘れちゃってたの!」

「約束を忘れて、破ったんでしょ」

「…………わぁ〜っ! ごめんなさい〜〜〜!」


 舞依は俺のお腹の辺りに抱きついてきた。


「お兄ちゃん、ごめんなさい! 怒らないで? 嫌わないでっ!」

「怒ってないし、嫌いになんかならないよ。ただ、はるかや友達のためにも、これからは絶対に約束を守ってほしい。いいか?」

「うん…………今度こそ、約束する」


 舞依は上目遣いで俺を見つめた。そんな涙目になるほどのことでもないが……もしかして俺って怖いか?


「…………お兄ちゃん」

「ん?」

「本当にマイのこと、嫌いになってない? 好き?」

「なってないよ」

「じゃあ、マイのこと好き?」

「うん」

「好き?」

「……好きだよ」

「でへへぇ…………」


 妹から何となしに感じた圧に促されるまま答えると、マイは照れたような顔で笑った。


「――はいはい、仲良し兄妹のイチャイチャはそれくらいにして。もうごはん出来るから、食べよっ。上がって上がって」

「俺たちの家だけどな」


 はるかが軽やかな足取りで居間へ戻っていくのを、俺と舞依は靴を脱いで追った。

 卵の焼き上がった、いい匂いがする。


「わあーっ、すっごい美味しそう!」

「ありがとな、はるか」

「いいからいいから、座ってー」


 さも自分の家のように振る舞うはるか。俺たちは言われるがまま、食卓に着いた。

 間もなく卵焼きとトマト、ハンバーグにハムの載ったサラダやご飯、()()()の出汁が利いた味噌汁が出てきた。

 はるかには頭が上がらないな――思っていると、はるかはエプロンを外しながら舞依の隣に座った。


「いっただっきまぁ〜〜〜すっ!」

「召ーし上ーがれーっ」

「いただきます」


 俺たちははるかの料理を食べた。味つけなど好みを把握しているのもあって、めちゃくちゃ美味しい。

 そもそも、はるかが料理上手なのもあるが。


「今日は2人ともどこ行ってたのー?」


 食事がある程度進んだ頃合いに、はるかが訊いてきた。一瞬、俺と舞依の箸が止まる。

 不自然な沈黙を作ってはならないと、俺は頭をフル回転させた。


「お買い物っ、行ってたの!」


 だが、俺より先に舞依が喋っていた。


「え、手ぶらじゃなかった?」

「うぇ……いい服、見つからなくて」

「うっそ〜! 舞依ちゃんなら何でも似合うって〜」

「あ、ありがと……センスないお店だった、もう行かないかなぁ…………」


 舞依は完全に目を泳がせながら、自分でも制御が利かないかのように、はるかの悪意なき詰問に答え続けた。

 舞依は嘘が下手だ。めちゃくちゃ下手なのだ。俺より先に喋り始めたのも、俺が言い訳の仕方を一瞬思考している間に、舞依の反射神経的なデマカセが口を突いて出たからだ。

 はるかや他の人たちに異世界の秘密を漏らさない約束も大事だが、これからは舞依に上手い誤魔化しを期待するわけにはいかない。


「あ、そうだ! お兄ちゃん、来週の土曜、家に友達呼んでもいい?」

「土曜? 別にいいよ」

「やったー! ありがとっ、お兄ちゃん大好き!」

「…………ところで、その友達って男か?」

「だから女の子だってば! ていうか、涼子ちゃんだよ涼子ちゃん! こないだ会ったでしょー?」

「あー、あの子か」


 俺が初めて異世界へ行った、まさにあの日。舞依と一緒に登下校しているという3年間のクラスメートを思い出すのに、時間はいらなかった。

 初対面から、なんというか凄い印象に残る子だった。かなり尖った自己紹介をしたり、いきなり呼び捨てを要求されたり……。

 涼子ちゃん――変わった子なのかもしれないが、舞依と仲良くなれてくれるのは、本当に嬉しい。


「最近は色々…………っ、その、大変だったから、なかなか時間なかった、けど――ついに遊べるんだ!」

「…………いいじゃん。いっぱい遊びな」

「うんっ! …………はるかちゃん、ごちそうさまでした! すっごく美味しかった!」


 舞依はあっという間にはるかの料理を完食し、キラキラ目を輝かせながら勢いよく立ち上がった。

 テキパキと食器を片付け、シンクに於いて水に浸す。


「はーい、お粗末さまでした。舞依ちゃんにそんな褒められたら、また作りたくなっちゃうよぉ〜」

「やったっ、マイもまた食べたーい! お兄ちゃん、お風呂入ってくるねー!」

「ん? ああ……」


 明らかに舞依のテンションが高くて、俺は少し面食らいながら、風呂場へ向かう妹の背中を見つめた。


「――なんだか、心配いらなそうだね、舞依ちゃん」


 はるかが優しい眼差しを向けてきた。


「……一緒にいられる時間を見つけられたんだ」


 舞依を頼む――異世界でティアラの護衛(コムレイズ)を引き受けた直後、舞依と過ごす時間が減ると考えた俺は、はるかにそう言った。

 しかし、今や舞依も異世界のことを知り、同じ学園にまで通うことになった。

 結果的に、舞依の傍にいる時間を作ることが出来た。


「だから、これからはもう、はるかに迷惑をかけなくて済む」

「…………誰も迷惑なんて言ってませんっ」


 はるかは、少し寂しそうに見えた。

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