ドアを開けたら異世界に!?
玄関を開けて鍵を閉め、振り返ると、金色に煌めく豪華な部屋があった。繊細な刺繍の施されたカーテンがなびき、シャンデリアが眩い輝きを天井から放っている。脇には大きなベッドが置かれているが、掛け布団は雑にめくられている。
「なんだ、これ……」
俺は訳が分からなかった。どこだ、ここ。俺は家の玄関の扉を開けたはずだ。
なのに、気がついたら知らない部屋にいる。意味が分からない。どういうことだ? なんで外に出たのにまた別の部屋にいるんだよ。
俺は、さっき開けたドアを振り返った。家のとは違う、左右対称の模様が彫られた、高価そうなドアだ。
「一体、なにが起きてるんだ……」
困惑していると、部屋の左奥の部屋から、ドタドタと物音がした。
「おい、さっさとずらかろうぜ!」
「バカ言え! 金目のモン置いてく奴があるか!」
「よせ、俺たちの目的はそんなものではないはずだ」
男が数人、なにか話しているようだ。耳を澄ませていると、それに混じって、微かに女性の呻き声が聞こえる。
「おい、この女うるせえぞ。黙らせようぜ?」
「傷つけるな。無傷のプリンセスは色々と役に立つ」
「だな。交渉を有利に進められるし、高く売れるし……イイこと尽くしだ」
なんか隠語を使ってるけど、こいつらはどうやら強盗みたいだ。プリンセスって……どんなセンスだよ。
俺は一瞬迷ったが、女性が拐われようとしている現場を見過ごすわけにはいかない。忍び足で奥のドアへ近づき、バンッと思い切り開けた。
男たちは目を丸くしてこっちを振り返った。こいつらの顔から、みるみる血の気が引いていくのが分かる。
「誰だっ、てめーはぁ!?」
俺は無視して、男たちの傍に座り込む女性を見た。目隠しをされ、両手足を縄で縛られ、おまけに猿ぐつわまで……ひどい。
女性はこっちの方に顔をキョロキョロさせながら、懸命に何かを訴えている。口に挟まれた太い輪で言葉になっていないが、喋ろうとしていることはすぐに分かった。
『たすけて!』
俺は、決意した。
「彼女を放せ」
彼女を助ける――決意した俺は、男たちに言った。すると、男たちはこめかみに筋を走らせ、俺を睨みつけた。
「てめー、王宮のモンじゃねえな? 見たことねえ服を着てやがる」
ガリガリな小柄の男が、歯を剥き出しにしてジリジリと近寄ってきた。
「あの服、いい素材だぜ……高そうだ」
体重が100キロ近くありそうな巨漢が、舌なめずりしながら拳を突き合わせて威嚇する。
「どうでもいい。俺たちの邪魔をすることが、自殺と同義だと教えてやる」
最後に、眼帯をつけた長身の男が物騒な言葉を並べる。なんか気持ち悪いな……台詞とか、態度とか。俺はそんなことを思いながら、目の前の3人の強盗と対峙する。
「俺にヤらせろぉ!」
ガリガリの男が、腰から短刀を抜いて俺へ向けた。しまった、武器があるのか。しかも、刃物って……まずいな。それは全く考えてなかった。
俺は丸腰だ。しかも3対1――この絶望的な状況をひっくり返して彼女を助けるのは、難しいのかもしれないな。
「死ねぇ!」
男はジャンプして、俺の頭上から大振りの一閃を繰り出した。やばいな、これ多分死ぬ。避けられないし。俺が死んだら、舞依は――そんなことを思いながら、俺は最期を悟った。
次の瞬間、俺は、ガリガリ男が振り下ろすその右手を、ガシッと掴んだ。
「――え?」
「なっ……にぃ!?」
俺はビックリして、掴んだ手首をパッと放してしまったを男は悪態をつきながらよろめき、仲間の方へ後ずさる。
今、絶対死んだと思った…………。短刀を振り下ろされて、その手首を掴むって……反射神経的にも力的にも、俺にはそんなこと到底できないはずなのに。
まさか、小さい頃かじってたのが、ここで活きたのか?
「センパイ! こいつチョーシ乗ってるぜ!」
「お前、あんなヒョロヒョロのクソガキに止められんのかよ! ダッセ〜!」
「戯れんな。王宮兵に見つかったら面倒だ。とっととこいつを殺して、姫を拉致監禁するぞ」
分かりやすい悪者の台詞を吐く眼帯男。だけど、俺はあまり聞いてなかった。死にかけた。そのショックで、現実感が完全に消えていた。
とりあえず、まだ生きてる。どうする。どうすれば生きて帰れて、彼女も助けられる? 考えろ……考えるんだ…………。
その一瞬。俺は彼女とバッチリ目があった。すると、彼女は僅かに視線をずらす。俺の後ろを、訴えかけるような眼差しで見つめている。
なにを伝えようとしてるんだ――振り返った。壁だ。けれど、そこには黒い鞘に収まった、細身の刀が水平に掛けられていた。俺は迷わず、渋い鈍色の柄を取り、ブオンと刀を正面に構えた。
「おいおい、やる気だぜ、こいつ。死にてーみたいだな」
「てめーガキ、俺ら相手にするには命が足んねえんじゃねーのか?」
眼帯男の取り巻きが息を巻く。眼帯男も、嘲笑うかのように鼻を鳴らしたのが分かった。
やってやる――俺は自分を奮い起たせた。大丈夫。彼女がこの刀のことを教えてくれたおかげで今、俺の勝機がないではない。
俺は剣道二段を持ってる。
「命も武器も、1つずつで十分なんだよ」
俺は威勢のいいことを言った。大人3人に、高校受験を機にやめたきりの剣道の腕前が通用するかは、甚だ疑問だけれど。
やるしかない……彼女を助けるには、やるしかないんだ。父さんと母さんがくれた、『佳助』の名前に報いるためにも。何より、舞依のところへ無事に帰るためにも。
ガリガリ男と巨漢が、明らかに怒りで赤くなった顔を歪め、それぞれ短刀と拳を振りかざしながら、同時に動いた。
「バラバラにしてやんよぉ!」
「全部の骨を殴り砕いてやるぜぇ!」
俺は反射的に動いていた。ザッと腰を落とし、刀を水平にして、2人の敵が間合いに入った瞬間、思い切り振り抜く。
ガガッ。重くずっしりした音と共に、鞘から掌へ2回分の衝撃が立て続けに伝わった。すると、背後でバタタと2人が倒れるのが聞こえた。
鞘に納めたままの刀で、ガリガリ男と巨漢の鳩尾を打ったのだ。
「てめぇ……」
眼帯男が憤る。俺はハッと我に返って後ろを振り向いた。2人が呻きながら、恨みがましく俺を睨んでいる。
自分でもびっくりだった。今の太刀筋、驚くほど真っ直ぐで鋭かった。たしかに剣道二段は持ってるが、もう1年以上やってないし、それに大人に本気で竹刀を打ち込んだことなんてない。ましてや、本物の刀なんて…………。
俺、こんなに強かったっけ――。