いつもの朝は妹と
どうも、abyss 零です。
新シリーズやっていきます。よろしくお願い致します。
では、本編どうぞ。
7時。俺の朝は、妹を起こすところから始まる。俺の部屋の隣の、妹の部屋。ドアには可愛らしい字体で『マイ』とプレートが留められている。
「舞依ー、おはよー」
俺が声を張ると、ガチャッとノータイムでドアが開く。最近はツインテールにハマってるらしい。もう制服にも着替えてるし、少し前から起きてたみたいだ。
「おはよ、お兄ちゃん」
すると、舞依は俺を見つめて、目を閉じた。
「どうした?」
「おはようのキスして」
「…………」
はい、いつもの。
「……なんで」
「なんでって……聞く?」
「そりゃ聞くでしょ」
「してほしいから」
こんな感じで、舞依はなにかにつけてキスをねだる。いつからこんなマセてしまったんだ……。
「いや、兄妹だし」
「兄妹だからだよ。お兄ちゃん、顔はマイのタイプだから。好みの男にキスされて始まる朝って、最高じゃない?」
「…………」
これが、現代の中学3年生か?
「…………遅刻するから、早く下においで」
「えええぇーーーーーっ、お兄ちゃーん!」
俺は佳助。16歳、高校1年生。入学してそろそろ1ヶ月だけど、日常は変わり映えしない。いつもと同じ平凡な1日が、死ぬまでずっと続く。それが人生だ。そうだろ?
俺は、ぶーぶー文句を言う妹を尻目に、階段を降りていった。1階に降りると、すぐに食卓に差し掛かって、椅子が4つ並んでいる。
冷蔵庫から今日の朝ごはんを取ると、上の階からドタドタ足音が近づいてきた。
「もー、お兄ちゃんのイケズー!」
妹の舞依。15歳の中学3年生――年子だ。普通の兄妹より、めちゃくちゃ仲がいい……らしい。クラスメートや、妹の同級生の又聞きによると、そうなっている。
たしかに毎朝キスをねだられるのはどうかと思うけど――普通の兄妹って、大体こういうもんじゃないのか? 一緒にごはん食べて、兄貴が妹を起こして、なんて。てか、じゃあ普通ってどんなのだ? 分からない。
思うに、舞依からしてみれば、俺は生まれたときからずっと一緒にいたし、俺も親の教育もあって割りと傍にいるようにしてたから、他の兄妹よりも仲がいいっていうのは、きっとそういうことなんだと思う。
ずっと――そう、いつも一緒だ。
舞依は不満タラタラな顔をしながら、俺が出した朝ごはんを受け取って食卓に並べる。俺も、自分の分を持って席についた。
今日の朝ごはんは、食パン2斤にハムとスクランブルエッグを挟んだサンドイッチ。
「いただきまーす」
舞依は俺の向かいに座って手を合わせた。すると、再び俺の方を見ながら、目を閉じる。
「おにいちゃん、いただきますのキス」
「いやいや」
「冗談だよ、さすがにごはんの時はしないって」
「ごはんの時じゃなくてもしないよ」
俺はやれやれと思いながらサンドイッチを頬張る。でも、おはようのキスは毎日のようにねだられるけど、いただきますのキスは初めてだな。
これが思春期なのか?
「そうだ、お兄ちゃん。今度友達呼んでいい?」
「家に?」
「そっ」
「……男か?」
その可能性を考えた瞬間、なぜか無性に腹が立った。自分で言っといて。
「違うよー、女の子! 涼子ちゃんって言うの。ていうか、お兄ちゃんには前に話してなかったっけ」
「あー、そういえば。クラスメート、だったよな」
「うん。3年間ずっと同じクラスなの。涼子ちゃん、お兄ちゃんの話聞いて、ちょっと興味もってるみたいなんだ」
「興味? どういうことなの」
「涼子ちゃん一人っ子だから、お兄ちゃんって憧れなんだって」
「そういうものなのか……」
「えっ、お兄ちゃんマイと兄妹なの嫌?」
舞依は唐突に不安げな顔をする。
「嫌じゃないよ。退屈しないし」
「えーっ、そんな理由ー!?」
「それに、物心つく前からずっと、いつも一緒だったからな。舞依のいない生活とか、ありえない」
これは本音だ。俺が舞依の面倒を見てきたんだ。今さら一人なんて、そんなこと考えられない。
「そっか……でへへ、よかったぁ……」
舞依は照れるとめっちゃにやける。正直ちょっと可愛い。俺はそんな思いが浮かぶと同時に、我に返る。俺がそういうこと考えたら、舞依はますます調子に乗る。
そろそろ、舞依にも兄離れさせることを念頭に置かなければ――それが、保護者としての責任でもある。
「やばい、もうこんな時間か……」
俺は急いで残りのサンドイッチを頬張り、最後の一口を噛みながら立ち上がった。ササッと自分の食器を洗い、洗面所へ向かう。急いで支度を済ませて、今度は和室へ行った。
「お兄ちゃん、今日も遅いの?」
舞依が身を乗り出して訊いてきた。少し寂しそうな声に聞こえたが、俺は気づかないフリをして、和室の戸を開ける。
「ああ、今日は隣町のバイトだから」
俺は、タンスの横に置かれた神棚を開いた。そこには、父さんと母さんが、全く変わらない満面の笑顔を向けていた。
俺は線香を焚いて差し、手を合わせて黙想した。これが、俺たち2人の朝の日課だ。平日は家を出る前に、こうして亡き両親へ心を寄せるのだ。
母さんは舞依を出産して間もなく亡くなり、父さんはその5年後――ちょうど今から10年前――出張先で事故に遭った……らしい。それ以来、俺たちはずっと2人で生きてきたんだ。
今朝の挨拶を終えて、俺は立ち上がった。
「じゃあ、いってきまーす」
「あ~、待って待って~!」
俺が食卓を横切って裏口の玄関へ向かうと、舞依が呼び止める。これもいつものことなので、俺は構わず靴を履く。
案の定、舞依は俺が靴を履き終える前に、バッと飛び出してきた。俺は、観念して振り返る。
「なに?」
「いってらっしゃいのキス」
舞依は微笑みながら首を少し傾げて、両腕を俺の方へ伸ばした。やっぱり、俺の妹はかわいい。学校で絶対モテるだろうに、なぜか俺に甘えてくる。
いつまでも俺に依存させておくわけにはいかないし、かといって今まで俺がいることによって舞依がクラスの男子と付き合っていなかったらしいことも考えものだ。舞依をそんじょそこらのクソガキにやるわけにはいかない。
心配は尽きない。
「……兄妹はキスしません」
「え~、でもちっちゃい頃はしてたじゃん~」
「それはちっちゃかったからでしょ。……とにかく、遅刻するなよ」
これも、舞依の兄離れのためだ。そう自分に言い聞かせながら、俺は裏口のドアを開けた。後ろで舞依の『も~』という不満そうな声が聞こえる。
やれやれ、とため息をつきつつ、後ろ手でドアを閉める。カバンから鍵を取り出して、しっかり戸締まりする。
いざ高校へ行こうと振り返ると、そこは異世界だった。