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プロローグ② 誕生

 夜明けとともにリチャードたちは出発し、昼前にはイニア村に到着した。


 畑で農作業をしていた男が警戒しながら、よどんだ眼でじろじろとこちらを見ている。辺鄙な村に役人が唐突に訪れれば、警戒するのも無理はない。


「そこにいる男よ、すまないが村長の家まで案内してくれないか」


 男は周りを見渡し、話かけられているのが自分に他ならないことがわかると、ついて来て下せえといって、馬車を先導した。歩きながら男はぶつぶつ独り言をつぶやいて、我々がこの村にきた目的を思案しているようだ。

 茅葺きの小屋が立ち並んだ中に、少し大きなレンガ造りの家があった。男はその家の扉をノックした。


「村長さま、村長さまに御用があるっていうお人が……」

 男がこちらを向いて止まった。名前を尋ねるのを忘れていたらしい。私も名を名乗るのを失念してしまっていた。

「リチャード公爵だ」

 すかさず男は扉に向いて続けて言った。

「リチャード公爵さまが村長さまに御用があるらしいです」


 ギィと音を立てて扉が開き、黄ばんだ歯を覗かせてにこにこしている、老人が出てきた。男と同じようなみすぼらしい恰好である。


「ようこそいらっしゃいました公爵さま。私が村長になります。ささっ、中に入ってゆっくりして下さい」


 扉から入ってすぐに薄い板でできた机と六脚の椅子があり、その奥には暖炉がある。椅子に座るとガタガタして不安定だった。村長は娘を呼び、飲み物と食べ物を用意するように言った。


「もてなしは結構。単刀直入に、我がこの村を推参したのは、この村で勇者が復活するとの預言があったからである」

「勇者さまが!!」


 村長は驚きのあまり眼を見開く。

 扉の隙間や窓から覗いて、聞き耳をたてていた村人たちからざわめきが聴こえる。村長は立ち上がって外に出て、村人たちを追っ払う。


「どうもすいません」

 村長は上目づかいをしながら、へこへこと謝る。

「ここ数日で誕生した赤子はいるか」

「たしかに一昨日、この村で赤子が誕生しました。しかし、誕生した赤子は二人います。だれか二人ここへ呼んきてくれ」


 赤子が二人?! リチャード家が代々勇者を迎えに行ってるが、過去三百年でそんなことは一度もなかったはずだ。勇者の魂は一つであり二つであるはずがない。だから当然、どちらかが勇者でもう一方が普通の赤子となる。もし間違えて普通の赤子を連れ帰ったら、ついうっかりやっちゃいましたじゃすまない。我が一族は没落し、末代まで笑いものにされるだろう。


 扉が開き、赤子を抱えた女が二人入ってきた。そして、リチャードは赤子を見比べる。

 黒髪に黒曜石のような瞳、泣きそう顔をした母親の腕の中でおとなしくしていた。

 もう一人の赤子は、明るい茶色の髪に翡翠色をした瞳、誇らしげにした母親の腕の中で身体をもぞもぞさせている。

 

 どちらも普通の赤子にしか見えない。もう少し勇者っぽい雰囲気を醸し出してくれれば判別が楽なのだが、至って普通の、みすぼらしい村の赤子だ。


「今回は特例として、両赤子とも王都へお連れすることにする」


 それを聞いて黒髪の赤子の母親はむせび泣き、茶髪の赤子を指さした。


「この子は正真正銘わたしの子供で宝です。連れてくならあの子を連れて行ってください」

「だめだ。預言で勇者だとわかりきっている。その代わりだが、これで引き取ってくれ」


 リチャードは懐から金貨十枚を取り出して母親の手に含ませ、母親から赤子を受け取った。

 それを見て茶髪の赤子の母親は、突拍子もなくワーワー泣き出して、媚びた悲哀な声で言った。


「わたしの夫は日が出る前から農作業で働きに出ては、夜遅く家に帰ってきて、ついには過労で死んでしまいました。この子はそんな夫の忘れ形見なんです。この子がいなくなればわたしには何も無くなってしまいます」


 やらしいやつめ。きっとこの話も瞬時に拵えた作り話なんだろう。泣けば金が貰えると思いやがって。この後おまえにも金をやろうと考えていたのに。

 そう思いながらもリチャードは、懐から黒髪の母親に渡した同じ量の金を、茶髪の母親に渡した。そして兵士が赤子を取り上げた。


「ではこれにて失礼」


 扉を開けると村人たちが集まっていた。降り注ぐ無遠慮な視線をかき分けて、二人は馬車に戻った。



「まさか赤子が二人いるとは驚きましたね」

「ああ、正直ほんと焦ったよ」


 リチャードは赤子に変顔やたかいたかいをしたりして、赤子を喜ばせあやしている。


「こんなガキが勇者だからなあ。普通のガキと変わんねえよ。いっそこいつら殺して魔女の団に差し出すか。そしたら魔族は大喜びだ」

「冗談でもそんなこと言うのは止めてください。僕じゃなかったら死刑になってますよ。それに魔族の残党は全員斬首刑になって、今は混血(キマイラ)しかいないですから」

「だが、魔女の団には純血の魔族がいるって噂があるじゃないか」

「噂は噂ですよ」


 馬車は土地のやせた狭い道で、車体を振動させながら王都にむかっている。

 太陽はギラギラと照っていて、曇は小さいのが頼りなさげにぽつぽつと青空に浮かんでいる。

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