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幸運の木  作者: 白夜
3/4

名前

 大きな大きなくろへびが一匹、モザイクの隙間から滑り落ちてきた

 せせらぎにべちゃりと落ちたくろへびは、じたばたと少しのたうって、くるりと丸く円を作った

 自分のしっぽをぱくりとくわえた蛇の輪の中には、せせらぎの水が捕まっている

 鏡のように光を反射するその水の中に、何かが写っているのが見えて、あたしはもっとよく見ようと身を乗り出した

 杖を振る魔法使いが浮かんで見えて、あたしは咄嗟にその鏡に手を伸ばした


「冬の季節じゃあ、火の精霊を探すのは難しいね。何か燃やしてみようか。ファイアストーム! 」


 ぐるんと目の回る感覚の後、聞いたことのあるセリフが耳に入った

 ごうっと、風の音が耳を叩いて、次に熱が風に乗って顔に吹きつける

 火花が頬を焼いて、思わず目をつぶったあたしに覆い被さる白い塊から水がこぼれた

 頬を濡らして冷やしてくれた雪だるまの顔は熱で溶けて、目がハの字に寄っている


「やめて! 」


 あたしは今日一番の大絶叫を魔法使いにぶつけた

 喉が痛んでも叫んだ

 声が潰れてもいい、髪が焼けてもいい、だからやめて、雪だるまを殺さないで!


 そのとき、あたしの握りしめていた蛇紋石が猛烈に熱を出し、もの凄い勢いであたしの手のひらから魔力を吸い取っていった

 蛇紋石の熱は魔法使いの炎の魔法に立ちはだかる赤い壁を作り、あたしと後ろの雪だるまを守るようにそびえ立った

 炎の壁の向こうにいる魔法使いが、驚いたようにあたしを見つめている

 ばきん、手のひらから割れる音がした

 火傷しそうなほど熱した蛇紋石は真っ二つに割れて、すぐに冷たくなっていった

 両手の上で、二つの蛇紋石がぐずぐずに崩れていくのを、あたしは呆然と見つめた


「……火の精霊よ、逆境に立ち向かう炎の加護を。魂の歌」


 魔法使いが静かに呪文を唱えた

 その手には、折れずにまっすぐに伸びた細い杖が握られている

 杖の先から柔らかい光が周囲に広がって、空から吹いてきたなでるような優しい風が、手のひらの崩れた蛇紋石をすくっていった

 シャララ

 風に巻かれて砕けていく砂つぶが擦れ合って音を鳴らす

 光を反射する蛇紋石のカケラが虹色に輝いていた

 あか、あお、きいろ

 虹色の光は束になって若木に降りていく


「幸運な木だね。魂が宿った」


 細い若木のうしろに隠れるように、二つの虹色の瞳があたしを見ている

 姿はぼやけていてよく見えなかった


「魂が宿ったなら、名前が必要だね……きみの名前を聞いてもいいかな?」


 穏やかな声でたずねてくる魔法使いに、あたしは答えるのをためらった

 それでも魔法使いは、あたしが答えるのを黙って待っている

 口を開けて、閉じるを繰り返し、あたしは消えるような小さな声で、花の名からとった自分の名前を伝えた


「あたしの名前は、良くないよ。棘があるから、駄目だよ。今みたいに壊しちゃう」


 あたしの手のひらに、杖を折った感触が蘇った

 手のひらで砕ける、蛇紋石の熱さと冷たさを思い出した

 カッとなった勢いのまま、傷つけてしまう


「……そうだね。杖を壊されるのはもう勘弁かな」


 そう言いながらも魔法使いは、若木の精霊にあたしの名前を付けて祝福の言葉を唱えた

 雪だるまはぴょこぴょこと元気よく若木の周りを跳ねている

 若木は最初見た時よりもだいぶ大きくなっていた


「なぜ棘があるのか、なぜ壊してしまったのか、理由があるなら、まず言葉に出したほうがいいだろうね」


「……杖を壊してごめんなさい」


「んふ、何のこと? さあ、もう暗くなってきた。きみはもう、帰る時間だよ」


 魔法使いがそう言うと、魔法の光は弱まっていき、虹は消えて周囲の光も消えていった

 砂つぶが風に乗る音はもうしない

 静かな枯れ林の隙間から、遠く傾いた太陽が最後の力を振り絞るように光を差している

 足元のせせらぎが見えづらくて、ちゃんと帰れるかあたしは不安になった

 蛇紋石は壊れてしまったから、寒さからも逃れられない


「空の星を目印に進めばいい。あそこにある一番星、私は(くろ)の一番星って呼んでる。あれを目指して進めば村に着くから」


「あなたはどうするの?」


「旅の途中だから村には寄らないよ。キャンプは得意なんだ。火を出せるからね」


「木を燃やさないでね」


「う、気をつけるよ。さあ、早く帰れるおまじないをしておくよ。だから振り返らずにまっすぐ家に帰ってね」


「精霊探し、全部手伝えなくてごめんね」


「そうでもないさ、精霊よ! クイックタイム! 」


 魔法使いが杖を振ると、あたしの頭上に青い光が降ってきた

 なんだか体が軽くなったようで、一歩踏み出すといつもより速くなった気がする

 魔法使いが言っていた、(くろ)の一番星が強く光っている

 あたしの足は、水に流されるもみじのようにするすると走り出した

 星を見上げながら、だけど転ばないように足元も見ながら、あたしは後ろを振り返る暇もなく、林の中を駆け抜けていった


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