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幸運の木  作者: 白夜
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あたし

 北風が山の上に吹くころ、村の大人たちはやっと畑仕事から解放されて、短い冬の季節を過ごすための支度をはじめる

 家の冬囲いをして、秋に収穫した野菜を保存食に加工する

 あたしは山で採れた渋柿を吊るすお手伝いをして、干し柿の取り分を確保するのだ

 真っ黒になり、粘っこくなった柿のみはとても甘く、吊るす前の渋さが嘘みたいに口の中でねとねととあとを引いた

 渋柿だったものをつまみ食いしながら、あたしはお母さんの後をついて歩く

 かさかさと足元で鳴る枯れ葉を踏み鳴らして、村長さんの家まで続く農道を歩いていた

 畑作で暮らしている私の村は、山のあちこちに畑を作っていて、それぞれ自分の畑の近くに住んでいるけれど、冬の季節になると山の麓の村長さんの家にみんなで集まって、持ち寄った収穫物で冬の間を過ごしていた

 農道にぽつりとある無人の馬車駅が見えてきて、一画先のお隣さんが待ち合い室で手を振っている

 家から駅までは少し歩くけれど、とり忘れた木の実が転がっていることがあって、それを見つけるとあたしの心は少しだけラッキーな気持ちになる

 村を巡る馬車は行きと帰り、一日2本しか無いからこの時期は馬の数と馬車の数が少し増える

 それでも満席になってしまうから、子供ばかり押し込まれる馬車は定員以上にぎゅうぎゅうに詰め込まれた

 お尻同士ががくっ付くほど隣の子と密着しながら馬車に揺られるたび、お父さんの荷車に乗りたかったと、あたしは心の中で文句を言った

 きのみのラッキーブーストはここで消えて、良い気分はしばらくどこにも転がっていない

 お父さんは家の戸締りをしてから、保存食の乗った荷車をロバにひかせてゆっくりと進んでやってくる

 今日中に着けば良いほうで、寒い中を長時間揺られてしまうよりも、窮屈な短時間を我慢しなさいといつも言われる

 人員オーバーの馬車の窓ガラスは、吐き出す息が多すぎて真っ白に曇ってしまった

 窓際に座るあたしは窓に○と×を交互に描き足しながら、少しだけ見えるようになった、代わり映えの無い村の景色を眺めた

 あたしや他の子が何かをするたびに、隣に座った低学年の子が身を乗り出して覗き込んできて、ちょっと邪魔くさい

 隣の子が落ち着きなくモゾモゾと動くたびに、あたしは一緒になってお尻の置き場所を探すことになった


 2週間ほどで終わる冬休みだけれど、大人たちはまったくの役立たずになってしまう

 大体いつもお酒を飲んでいて、あたしたちは大体放って置かれる

 別にそれが寂しいとかは思わない

 低学年の子はすぐにぐずってしまうけれど、口うるさい大人が離れるこの時期は子供の世界が少し発展する

 代々続くこの村の冬の集まりの年数分だけ、子供の世界の寄り合いというのも代々続いている

 仲の良い子同士でグループが出来て、グループ同士で仲が良かったり悪かったり、いろいろ難しい事が起きたりする

 男の子同士だと、どっちが強いかで張り合っているし、女の子同士だと、どっちが優しいかでもめている

 今日も男子たちが、町に出稼ぎに行った家族のお土産について、どちらがすごいお土産なのかを競っている

 誰かが、世界の反対側のお土産だと言った事で、今日は距離で競い合う事になっているようだ

 比べることにあまり興味はなかったけれど、女子たちの優しさについてのやり取りよりもよっぽど簡単なので、あたしは男子のグループに混じりたいのだけれど、男子たちがあたしを混ぜてくれることはない

 女子たちのグループに混ざることはさらに困難で、言葉を間違うと、変わったことを言うんだね、とよく言われる

 感じたままを伝えることは、ときに乱暴な事として思われるらしかった

 女子に馴染めず、男子たちにもいい顔をされずに、あたしは結局、ひとりでいる事が多かった


 村長さんの家のそばには、湧水の染み出す大岩があった

 染み出した水は小川とも呼べないくらいの小さいせせらぎを作っていて、夏の間は水遊びに子供たちが来ていたけど、冬の今は人影はない

 寒いだけの水辺は一人になるにはちょうど良くて、あたしは大岩に張り付いたつららを折って暇を潰していた

 手に収まるくらいの大きなつららは、水がよく流れる所に生えていて、一番初めにつららを折った場所には爪の先くらいの小さなつららがまた伸びはじめていた

 氷水を触っていた手は冷たくかじかんで、握っても擦っても体温は戻ってこない

 あたしは両手をポケットに入れて、中に忍ばせていた小さな蛇紋石をぎゅっと握りしめた

 石はあたしの魔力に反応して、じわりと温かく熱を持った

 炎の魔法が宿る朱雀石よりも弱い石だけれど、蛇紋石にはささやかな火の力が宿っている

 売り物にもならない小さな蛇紋石は暖をとるのにはちょうどよくて、道端を探せば小さなものがたまに見つかるくらいに蛇紋石は身近な魔法の石だ

 子供が最初に手に入れる自分の魔法の道具で、手を温めるこの蛇紋石はあたしの冬のとっておきだ

 にぎにぎと手の中で転がして指先をまんべんなく温めながら、大岩から伸びる小さなせせらぎを追いかける

 顔をあげてせせらぎの向かう先を見通すと、林に向かっているようだった

 あたしはその先に行った事がない

 この小川は何処に向かっているんだろう?

 太陽はまだ真上を少し過ぎたあたりで、夕暮れまで時間がある

 今日はそれで暇をつぶそう

 いち、にい、さん

 特に意味もなく数えながら歩いた

 一度立ち止まり、後ろの村長さんの家を見る

 宴会はずっと続いていて、耳を澄ますとほんの少しのざわめきが、風に乗って届いてきた

 しい、ごお、ろく……


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