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第2話 柳橋中央市場

お待たせ致しましたー


 今日も今日とて、小料理屋楽庵(らくあん)をひとりで切り盛りする店主の火坑(かきょう)は、仕入れから気合を入れていた。


 車を所持していないわけではないが、大物を目当てに仕入れる以外は基本的に自転車で買い出しに行くようにしている。その方が、個人的に身が引き締まると思っているからだ。


 身支度を整えてから、買い出し用のメモをスマホで確認して。ツバのない帽子をかぶってから、火坑は自宅の靴箱の横にある長鏡で己の姿を写した。その姿はいつもどおりに、白い猫人であるが今日行く先には相応しくない。


 自分に肉球のない猫の手をかざし、目を閉じた。



「写し度、移し度、映し度。我が身を映せ」



 そして、火坑が次に目を開けた時には。鏡にはどこをどう見ても人間の青年が立っていたのだった。


 ほんの少しの妖力と、霊力を合わせた写見の技である。火坑がまだ地獄で補佐官をやっている時にも使った、いわば『妖術』と呼ばれているものである。


 多用は出来るが、出来るだけ今の世を占めている人間達の迷惑にならない程度に。だから、ある意味人化とも思われるこの妖術も言わば処世術に過ぎない。


 とりあえず、尻尾や手足の不備がないか確認してから自宅を後にして駐輪場に向かう。



「さて、時間も限られているし急がねば」



 愛車である自転車にまたがり、火坑は名古屋の主要駅にほど近い生鮮市場に向かったのだった。


 その距離、自転車ならばおよそ三十分程度。道路交通法で自転車の走れる道路が色々変わってきたが、ルールを守れば妖である火坑にも理解は出来た。新聞は店のためには取っているが、情報収集は主に時代にならってスマホやPCなどのネットサーフィンでやっている。


 料理に関しても、他店に潜入取材に行く時もたまにはあるが、だいたいはネットで検索している。すべてを信じるわけではないが、便利なものを利用して悪いことではないからだ。



「さて、着いたか」



 名古屋の市民の台所とも言われている、『柳橋中央市場(しじょう)』。


 東京にある市場に比べたら小規模かもしれないが、大抵の食材は手に入る場所だ。妖界隈にももちろん似たところはあるが、火坑はヒトと関わることが好きなので妖術で化けてから向かうくらい。


 とりあえず、駐輪場に自転車を置いてきてから中に入ることにした。


 しかし、早朝とは言え相変わらず賑わいがすごい。


 この市場はだいたい午前四時から十時までと短い時間帯でしか営業していないのだ。だが、観光名所でもあるため、興味のある人間達がよくきたりもするらしい。一部だが、飲食店もあるからだ。



「さて、秋めいてきたからには」



 定番のスッポンもだが、少し珍しい食材も仕入れたい。秋だから、サンマも欠かせない。ジビエはもう少ししたら猟が解禁されるがまだ数ヶ月はある。なので、自然と魚卸し市場のコーナーに目が行く時に誰かが声をかけてきた。



「おっと! 香取(かとり)の兄さんじゃないか!」

「……どうも、佐藤さん」



 香取とは無論、偽名だ。戸籍は閻魔大王のお陰で一応あることにしているが、そう多くは利用しないので実際使うのは偽名の方だけだ。下の名前も一応あるが、それもほとんどの人間は知らないでいる。


 とりあえず、贔屓にしている卸し場にもう着いていたらしく、火坑は遠慮せずに聞くことにした。



「今日のお目当てはなんだい?」

「そうですね。時期が過ぎてもいいような変わりだねなどがあれば」

「なら、鮎だな! しかも子持ち鮎だ! 香取さんの店でどうだい?」

「甘露煮も捨てがたいですが……シンプルに塩焼きがいいですね。いただきます」

「はい! 毎度ぉ!」



 あの大神(おおかみ)にも出してあげたかったが、迫りくる神無月の宴のためにはもう島根の出雲に出向かなくてはいけない。


 昨日来た湖沼(こぬま)美兎(みう)や、同じ常連の美作(みまさか)辰也(たつや)もきっと喜ぶだろう。塩焼きもあまり出回らない子持ち鮎ならば、あの二人はきっと喜ぶに違いない。



「さて。なら、柑橘系にすだちかカボスがあれば……」



 スマホのメモも見つつ、頭の中でこうしようああしようとイメージを膨らませて、火坑は思い思いに仕入れをしていく。美兎達のこともあるが、他の常連である妖達を疎かにしないためだ。


 そして、あらかた仕入れも完了したので、荷台に取り付けているカゴにダンボールを乗せて紐で固定してたのだが。



「……おや、珍しい」



 火坑の目の前に、春の綿毛よりも随分と大きいケサランパサランと呼ばれる、幸運の使いの座敷童子と並ぶ妖が現れたのだった。

次回はまた明日〜



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