相棒
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警告!
QETスキル失敗。
あなたは深刻な致命傷を負いました。
【代償の致命傷】
HPの上限が1となり、全ての能力値が99%減衰。最大体力の3倍の回復を受ける事で解除可能。
一定時間後に死亡。
警告!
現在あなたは【奪取した命】を保有していません。
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「う”…」
心臓が抉り出されるかの様な。
鳩尾から、一万匹の有刺のムカデが体内に押し寄せて来る様な。
この世界の人類が今まで得た事の無い種の苦痛が、ティーミスを襲う。
「あ”…あ”あ”…」
先程捕らえていた騎士を手放し、ティーミスは自身の胸を両手で押さえ倒れ縮こまる。
心の何処かでティーミスは、自身が無敵にでもなったと錯覚していたのかも知れない。
心の何処かで、これほどの苦痛を受けた自分はそれ相応の力を持っていると、錯覚していたのかも知れない。
本当に、ただただ本当にシンプルな話だ。
ティーミスは、油断していた。
悶えるティーミスの少し後ろに、帝国の軍紋のあしらわれたマントをはためかせる一人の騎士が降り立つ。
岩色の肌に、通常の人類の倍ほどの身体。その手には、図体に似合わぬ程の細くしなやかな剣が握られている。
オーガと呼ばれる、この世界では比較的ポピュラーば亜人種である。
「嗚呼…怖かった。」
人間よりも全体的な基礎能力が高い為、他の人間の騎士よりも少しだけ冷静な判断が出来た。
ティーミスの鳩尾から伸びる手が何かの攻撃だと思い、一先ず切り飛ばすべきと判断し、オーガはそれを実行した。
まさかそれが、ティーミスに大打撃を与える行為とも知らずに。
「…お前、どうして、おでの前で寝転がってんだ?」
オーガの騎士はティーミスの方へと歩いて行く。
絶対勝てぬ相手と相対する者の心情は、一周回って実に穏やかになる。
オーガはティーミスの顔を覗き込む。
ティーミスは、目を開けたまま失神している。
「…これ、切っても良いのか?」
誰も、何も答え無い。
と、ティーミスの手首に赤黒い半液の塊が現れ始める。
「おん?」
ティーミスの手首に現れた腫瘍から、赤色の長槍が射出する様に出現する。
間一髪で長槍の攻撃を回避したオーガは、数歩後退し事の成り行きを見守る。
槍の出現した腫瘍からは次いで、槍を持つ手と腕と、頭と胴体と、それから残りが滑り出される様に外界に出でる。
そこにあったのは、歯を食いしばり鬼の様な形相を浮かべた、かつてシュレア・ロードハートだった物の姿だった。
「キイイイィィィィィィ!」
超高周波の雄叫びが鳴り響き、騎士達は皆思わず耳を塞ぐ。
そうして騎士が怯んだ隙に、シュレアはティーミスをお姫様抱っこし、ティーミス諸共その身を“霧化”し消え去る。
「逃げた…のか?」
「なあ、さっきの咎人、本当に寝転がってただけなのか?」
騎士達は誰も、ティーミスについて知りうる者は居なかった。
「ヒィ…ヒィ…ヒィ…」
シュレアはどさりと、木の葉も何も付いていない枯れた松の木に腰掛ける。
不自然な凹凸がくっきりと残る此処は、ティーミスの居た収容所の跡地である。
今となっては枯れ木が数本立つだけの荒地。
「…キィ…」
シュレアは不安げに、眠るティーミスの頰を人差し指でそっと撫でる。
助けてやりたいが、方法が分からない。
何かある筈だ。何か、ティーミスを助けてやれる方法が。
きっとある筈だ、きっと知っている筈だ。何故ならば自分は、
「…キ…キイイイィィィィ…!」
思い出せ。
自分は誰だ。
思い出せ。
何か方法は無いのか。
思い出せ。
槍の持ち方を何処で習ったか。
思い出せ。
この服は何処で買った。
思い出せ。
自分は、何者か。
「パパ…こぇわなあに?」
「これはね。僕達吸血鬼のご馳走、人間の血だよ。」
「にんえんのひ…?」
「お前もそろそろ、これの味を知っとかなきゃいけない時期だと思ってな。ほら、口を開けてごらん。」
「…やだ!へんないろ!」
「んー…そうだ、自分の名前を言ってご覧?」
「え?えっと…し…しゅえあ…はむ!?」
「ほうらシュレア。人の血は美味しいだろう?」
「おおシュレア。ママのおさがり、よく似合っているよ。」
「本当ですの?」
「ああ本当さ。…シェリにも見せてやりたいよ。シュレア、君はママに似て本当に美人さ。」
「どうして武器の使い方なんて…」
「シュレア。魔族として生きる以上、殺し合いなんて日常茶飯事さ。
…君にそんな毎日を過ごさせるのは心苦しいけれど、せめて、死なないで居て欲しいんだ。」
「でももう疲れましたの!生きてて欲しいなら、わたくしは隠れて生きますからご心配無く!」
「ちょっと、シュレア!」
「パパ!」
「…済まない…身に聖刻を受けた…もう…この身は…」
「待っていて下さい!直ぐに、さっきの人間達から血を!」
「…本当に僕の事を思ってくれるのなら、今から言う事をよく聞いて欲しい…シュレア…」
「今はそんな事をしている場合じゃ無いですの!待っていて下さい!」
「…シュレア……
……済まない……シュレア………シェリ………愛しているよ………」
「…血…血が必要…ですわ…赤くて…美味しい…血が……」
シュレアはティーミスを枯れ木に寝かせ、真紅の槍を真紅の剣に変え、今来た方向をじっと睨みつける。
シュレアの瞳は、怪しい赤色に光っている。
〜〜〜
「此処が、誓約の石群ですか。」
キエラは、平原の真ん中に円形を描く様に立つ石群の前に立つ。
石群の立つ平原の周りには、グルリと円形に囲む様に壁が立ち、四方八方に壁の向こう側との出入り口が据え付けられている。
誓約の石群は確かに重要な古代遺物兼魔法施設だが、いかんせんその性質上、使用されるのは二月に一度程度。
石群自身の持つ破壊耐性も相まって、見たり触ったり使用したりするのに、特に手続きなどは必要無い。
「はい。一応魔導施設って事にはなっていますが、実際はある種の観光スポットですね。全人類の殆どにとっては、円形に並んだただの灰色の…」
キエラは、まるで何かに吸い込まれる様に石群の中心に立つ。
突如、先程まで無地だった石の表面にびっしりと古代文字が浮かび上がり、平原全体から七色の光が放たれ、キエラの姿は数粒の光の粒子となって消え去る。
「き…キエラさん!?」
キエラの隣人兼冒険者のプラは、慌てた様子で石群の中へと駆け込む。
残念ながら、プラにとってはこの石群はただの石の集まりでしか無かった。
「おい、今誰か入ってったぞ!」
「私も見た!確か、女の子よ!」
「おお。やっぱこんな石にも、ちゃんと魔法の力ってのはあるんだな!」
プラは頭を掻きながら、少し困った様に首を傾げる。
(武器も持たずに…大丈夫だろうか…キエラさんは格闘職なのかな…)
石群の起動と言う滅多に起こらないイベントに、周囲は色めき立っている。
キエラは、本人が望むか否かに関係無くいつも、大衆の注目の的であった。
キエラにはそう言う才能があったのだ。
〜〜〜
淡く輝く草木と茸。満月の出る夜空を飛び交うは黄色く光る蛍の群れ。
夜だと言うのにそこは、森の発する自然光によって全体的に、物の色が判別できる程度に淡く照らされている。
キエラは、そんな森の中に倒れている。
「…此処は…?」
誓約の石柱は、言うなれば簡易的な異界転移装置。
根本原理の違う異世界とは違い、異界は同じ世界の別の次元。
言うなれば、物理的な移動では到達出来ないだけの、同じ世界の別の次元の場所と言う事だ。
キエラはすくりと立ち上がると、周囲の様子をキョロキョロと見回す。
本で見た《神秘の森》と雰囲気はそっくりだが、植生がまるで違う。
と言うよりそもそも、キエラの知っている植物が一本も見当たらない。
(此処で召喚獣を探すの?でも、虫以外は何も…)
草木が一人でに捻じ曲がり、森の中に一本の道が生まれる。
道の向こうから、キエラに向かって四足歩行の生命体が歩む。
「…え?」
いくつもの、抽象化された動物の彫刻が組み合わさった様な姿の、大きなヘラジカの様な生物だ。
頭には角が二本生えているがよく見ればそれは両の翼を広げた鷹のオブジェで、量の目に見えるその渦巻き状の模様は、とぐろを巻いた蛇のオブジェだ。
前足はそれぞれ右は赤色で左は青色の天へと登る龍で、後ろ足は、前足の色とは逆の色をしたキリンである。
そして、首から下、足と尾っぽ以外の大部分が、きちんと加工された茶色い毛皮によって覆われている。
キエラは、こんな妙ちきりんな動物は見た事も聞いた事も無い。
“カラカラ…コロカラ…”
木製の打楽器を鳴らす様な軽い音が、その動物から発せられた。