朝餐
朝日を背に、ティーミスは二階の窓から自宅へと戻る。
どれだけあれば足りるか分からなかったため、一先ずは食べられそうな獲物は手当たり次第に狩り尽くした。
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・ランドカウ×23
・秋鹿×9
・野牛×3
・羊×1
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ティーミスは改めて、このアイテムボックスの有用性を実感する。アイテムボックスの中に入っている間は、物体の時は止まり、劣化も腐敗もしないのだ。
おまけに容量の制限も無いため、空き容量を気にする必要も無い。
ティーミスはふと、先ほどのかまどに目をやる。
「?」
魔力かまどが、ぼんやりと白い光を纏っている。
ただ、周囲を照らしている訳では無いので、光と言うよりは視覚効果と言ったほうが正しい。
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余剰経験値700を使用する事で、このアイテムのアップグレードが可能です。
アップグレードを行いますか?
[はい][いいえ]
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剣や鎧といった武具を、素材を使いより上位の物に作り替える手法ならばティーミスも知っている。
ただ、かまどの強化など聞いた事が無い。
不可解は好奇心に変わる。
ティーミスの小さな手が、肯定を示す選択肢に触れる。
ティーミスのみぞおちの辺りから白い綿光がふわりと浮き出る。
綿光はそよ風にでも運ばれているかのように、黒いかまどへと吸い寄せられ、かまどへと染み込んで行く。
綿光が全てかまどに移った瞬間、かまどは突如赤黒い光を放ち変形を始める。
煙突は消え、代わりに上部には大きな穴が現れ、魔力燃料をくべる為の開口部は消える。
調理物を出し入れする為の調理層からは赤い光が漏れ出す様になり、元の面影は十分残っている物の全体的に禍々しい姿へと変わる。
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【魔食のかまど】
永久燃料である罪素によって、モンスターや食用動物などを食物に変えるアイテムです。
変換される食物はランダムで決定され、投入した材料の量によって物品数、物品のボリュームが変化します。
『奴が魔を喰い、我は奴の子を喰う。これがある種の、食物連鎖と言う奴か。』
『不思議。あの子、人間をあげた時が一番頑張ってくれるみたい。魔力を持ってない普通の動物じゃほとんど動かないのに。』
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ティーミスはそのかまどの容姿から推測し、上部に空いた大きな開口部の上にアイテムウィンドウを開き、既に息の根を止めてあるランドカウを一頭、赤い光の中に放り込む。
ランドカウは魔法攻撃をしてくる訳ではないが、一応は魔力を持ったモンスターだ。
かまどから漏れる赤い光が強まり、かまどの内部からは雨音が聞こえる。
数分ほど経ち、かまどから漏れ聞こえる雨音が止み、光の強さも元に戻る。
ガチャリと音を立てて、かまどの正面に付いている二枚扉が独りでに開く。
こんがりと焼きあがったランドカウを期待したティーミスは、それを見て拍子抜けをする。
「にぇ?」
かまどの中にあったのは、大皿に山盛りの、いろいろな種類の、香ばしい香りを漂わせる出来立てのパンだった。
ティーミスはかまどの中に、小麦粉の一粒すら入れた覚えは無い。
ティーミスは、なんだか面白くなる。
かまどから出来立てのパンを取り出すとかまどの扉は独りでに閉まったので、ティーミスは再びかまど上部の投入口にランドカウを放り込む。
放り込んだ直後にティーミスは開口部を覗き込んでみる。
光の中に埋もれてしまったためか、はたまた本当に消滅してしまったのか、赤い光の海の中に、ランドカウはどこにも見当たらない。
ふたたび雨音が鳴り響き、やがて音は止み、再びかまどの二枚扉が開かれる。
今度は、沢山の付け合わせの野菜に彩られた、大きなローストビーフ。
肉本体はともかく、トマトやセロリと言った付け合わせの野菜は、確かに先程までは影も形も無かった物だ。
ティーミスはその後も、かまどに次々と材料を放り込み続ける。
こんがりと焼き上がった豚の丸焼き。ドレッシングのしっかりと絡んだサラダ。3段重ねのケーキ。
かまどからは、ご馳走と言う単語から連想する様々な料理が現れ続ける。
昨晩の狩りで得た全ての獲物を料理に変え終わり、ティーミスは机に並べられた無数の大皿料理に目をやる。
ロングテーブルにとりどりの大皿が並べられるその様は、まるで今からパーティーでも開かれるかの様だ。
ティーミスは朝食を済ませる為に右腕を大顎の怪物に変形させ、気が変わり変形を解除する。
顎腕は、食物の味から逃げる為に使う物。
わざわざ普通の料理をこれで喰らう必要は無い。
ティーミスは一人、食卓につく。
視界を埋め尽くす食物の数々は、全てティーミスの物だ。
誰かと分け合う必要など無い。
全て、ティーミスが独り占めをして良い。
今までは、食べ物を誰かと分かち合っていたティーミスにとって、実に新鮮な感覚だった。
「…いただきます。」
今更独占欲を満たした所で、気分が落ち込むだけだ。
物欲の次に、ティーミスは食欲を満たす事にする。
顎腕によって、空腹になる事はあっても満腹になる事は無い。
ティーミスは一人黙々と、その40人分ほどの料理を食み始める。
焼きたての両手サイズのパンにかじりつき、皿に満たされた魚と野菜のスープを飲み干し、まだ湯気を立ち上らせているステーキは、ナイフで大雑把に切り分け口に運ぶ。
そのどれも、ティーミスが家族と暮らしていた頃に食べたどんな物よりも美味い料理を独占した筈が、どうにもティーミスの気分は晴れない。
舌と腹は満たされるが、ティーミスの心はやはり空っぽのままだ。
ティーミスはミニトマトを摘み上げ、ふと追憶に浸る。
食卓にトマトが出ると、兄はいつも、自身の皿からティーミスの皿へとトマトを移してた。
ティーミスは少し不機嫌にはなるものの、文句一つ言わずにそのトマトを食べる。
ティーミスは、そんな何気無い一コマを思い出す。
今手に持っている物と比べれば、あの日のトマトは色も形も不揃いで、ただただ酸っぱいだけの代物だったが、どうにもあのトマトの方が良かった様に思えてしまう。
あの、母の真心の籠もった陳腐な料理の方が、ティーミスを幸せにしてくれた。
「…」
幾らあのかまどが美味い料理を生み出してくれようと、ティーミスの孤独が晴れる事は無い。
不幸から逃れる為に食欲を満たした筈が、満たされたのは食欲だけだった。
「…お母様…」
真心の無い完璧なご馳走を一口食むごとに、ティーミスはポロポロと涙を零し始める。
ティーミスの母はお世辞にも料理が上手いとは言えず、ティーミスは内心、もう少し美味しい物が食べたいと願っていた。
願いは叶った。叶った筈だった。
ティーミスは母の、焦げかけのパンが、味の薄すぎるスープが、塩辛過ぎる肉が、どうしようも無く恋しくなる。
ティーミスは涙を拭いながら、そんな思い出から逃げる様に食を進める。
そしてふと、壁に掛けられていたカレンダーが目に入る。
「…あ…」
ティーミスは大皿を何枚か片付けると、目の前に3段重ねの白色のケーキを持って来る。
「…ハッピーバースデー。ティーミス。」
ティーミスはポツリと呟くと、ケーキの上部に向けて、蝋燭は無いが軽く息を吹きかける。
世界中で、ティーミス以外の誰も知らない記念日。
ティーミスは今日、12歳になった。
ティーミスは、ケーキを独り占めする。
一度はやってみたいと思った事はあったが、一生続くと分かるとただ虚しくなるだけである。
ティーミスが最後の一品を平らげると、皿は一斉に、跡形も残さず弾け消える。
「…お皿洗いをしなくて良いのは…便利ですね…」
ティーミスはいつもの調子を取り戻そうと、無気力にそう呟いた。