独り占めで得れる物
早朝。
神殿型ダンジョン。
初心者の修行場所に指定されていた平原に突如現れ、更に初心者には危険な難易度だった為、攻略計画は急ピッチで進んでいた筈だった。
7名の冒険者は、その状況を見て困惑していた。
「どうなってんだ…?スライム一匹いねーぞ。」
「見て。宝箱が開けられてる。きっともう誰かが潜った後なのよ。」
「おい、このダンジョンが出来たのって今朝だろ?幾ら何でも早すぎやしねえか?」
「待って、…何か聞こえない?」
少年召喚術師が静止を求めてから、少し経った時だった。
“ガアアアアアア!”
金色の腰蓑。石膏の如き純白の皮膚。骨の浮き出た、毛のない体。その手に構えられるは、金色の細長い飾り斧。その頭は、大きな角を備えた山羊のように見える。
【神聖なる守護天魔】。
本来ならばもっと深層に生息する筈の中ボス級のモンスターだ。
「…!?一体どう言う…」
「落ち着け。この人数で行けば勝てない相手では無い。」
「へん。何だかよく分かんねえが、取り敢えずぶっ飛ばしてやらぁ!」
一行は武器をかまえたが、振るわれる事は無い。
天魔の体に銀色の線が走る。
次の瞬間には、天魔の体は十字架型に切断される。
「…は?」
崩れ落ちて行く天魔の背後には、赤いマントをはためかせた黒騎士が一人。
斬り払い後の様な体勢で佇んでいる。
黒騎士の背後から別な天魔による光線攻撃が襲いかかるが、黒騎士はその紅色の剣一本で弾き返す。
天魔の位置を完全に捕捉した黒騎士は、滑らかな大理石の地や壁を滑る様に移動し、黒騎士を追ってきた二体の天魔を、見るも鮮やかな二撃によって沈黙させる。
「…おい!後ろ!」
冒険者の一団の背後からも、天魔が一匹。【輝霊】と言う下級の霊体モンスターを引き連れ現れる。
比較的反応の早い前衛職が振り返った次の瞬間には、天魔は霊体諸共、既に黒い炎によって焼かれ断末魔を挙げていた。
黒騎士の持つ、黒炎の剣から放たれた炎だった。
「…マジかよ…」
「あの劔、第九等級はあるな…」
視界に入る全ての敵物の沈黙を確認すると、黒騎士はダンジョンの奥へと駆けて行く。
僅か1分程の出来事だった。
「あれってもしかして…」
「絶対“ソロジャーニー”じゃんか!すげー!初めて見た!」
ソロジャーニー。
スキルや性格の関係で、仲間を伴わずに一人で活動する冒険者の事を指す。
ダンジョンの攻略そのものを目的とするギルドのパーティに対して、ソロジャーニーはその性質上“効率的かつ迅速な“ダンジョンの“消化”を目標に動く。
圧倒的な実力によって淡々と仕事を熟すその姿は、通常の冒険者にとっては憧れの的だ。
「全く、先客が居たとはツイて無い…」
鬼神の如き強さの黒騎士に、ギルドが先を越されてしまった。
それだけで話が済めば、どれ程良かった事か。
数時間後。
冒険者の島ビジオード。
中心街より少し外れた台地の上に、図書館の様な巨大な建物が聳え立っている。
一般的なダンジョンの情報が集約され、編算され、クエストとして送り出される場所。
人はそこを、ダンジョンオブザーバーと呼んでいた。
“出現時期 今朝
場所 始まりの平原東
形容 全三階層の聖属性神殿ダンジョン(攻略済み)
攻略報酬 (空欄)
攻略パーティ (空欄)”
“出現時期 一週間前
場所 赤熱山山頂
形容 屋外決闘場型の祭壇ダンジョン(攻略済み)
攻略報酬 (空欄)
攻略パーティ (空欄)”
“出現時期 昨日
場所 イミス海海上
形容 海賊船型ダンジョン(攻略済み)
攻略報酬 (空欄)
攻略パーティ (空欄)”
恐ろしく強い黒騎士に先を越された。黒鎧の軍団がダンジョンに入って行くのを見た。ダンジョンの中で、一人の少女に窮地を救われた。
ある日を境に、とてつもない速度でダンジョンが次々と攻略されている。
紛れも無く咎人の仕業だ。
「…初級から上級までのダンジョンが、僅か半日で全滅している。」
「どうするんですか!これじゃあ実質…」
「…でも、ダンジョンが減るのは良い事…だよな?」
冒険者の仕事は他にも、地上に湧く魔物退治や軍事への介入と言った物がある。
が、魔物退治の報酬は微々たる物だし、軍事介入にはそれ相応のリスクが伴う上に国家同士の戦争など滅多な事では起き無い。
故に、殆どの冒険者達の生計はダンジョン攻略によって成されていた。
ティーミスの管轄は大陸一つ分とは言え、大陸一つ分のダンジョンをほぼ独占されてしまっては、その経済的ダメージは凄まじい。
そして最もタチが悪いのが、ダンジョン攻略自体は何の罪にも問われない。むしろ、区切りとしては慈善に入るのだ。
「…たった1日だけで大赤字か…」
「と、取り敢えず、魔物掃討系クエストを掻き集めてみます!」
ティーミスの放った“毒”は、じわりじわりと体制そのものを蝕み始めている。
これがティーミスの、冒険者と言うシステムに対する攻撃だった。
〜〜〜
夜。
ティーミス宅。
「…」
よく分からない武器。よく分からない骨董品。恐らく高価値なのかもしれないが、ティーミスにとってはただのガラクタでしか無い金品の数々。
ダンジョンより得られた無数の財宝の数々を、ティーミスは特に訳も無く、部屋の中に並べている。
冒険者への攻撃と言う理由は後付けである。
ティーミスはただ、物欲と独占欲と満たしてみたかっただけだ。
人の欲望は底知れ無いが、人は欲を満たす事で一時の幸せを得ると言う。
ティーミスも、並べられた財宝を眺めた時に確かに、数瞬だけは幸福に浸る事が出来た。
己が豊かな存在に、優れた存在になれたのでは無いかと言う一時の錯覚を、ティーミスは存分に味わう事が出来た。
ただ次にやって来たのは、倍増された虚無感だ。
幾ら高価値な金品を手に入れた所で、売る相手が居なければ意味が無い。
幾ら華やかな装飾品を手に入れた所で、自分以外に見る者が居なければただの光る石でしか無い。
壺だって、絵画だって、彫像だって、どんなに素晴らしい芸術品も、ティーミスに自己満足以上の物を齎してはくれない。
俗に言う強力な武器だって魔道具だって、今のティーミスに必要は無いし、渡す相手も当然居ない。
独り占めとは、なんと虚しいのだろうか。
分け合う相手が居ないと言うのは、なんと寂しいのだろうか。
ティーミスは、骨身に染みる憂鬱に浸る。
今視界に入っている全ての財宝は、ティーミスに眺められる以外の役目を失ってしまった。
ティーミスが、財宝の価値を奪ったのだ。ティーミスが、財宝をゴミに成り果てさせてしまったのだ。
ティーミスは、怒鳴り散らして暴れようかと考えたがそんな気力も湧かない。
独占欲から受け取れる幸福は全て味わい切った。
次は何をしようか。
ティーミスはふと、部屋の隅に置いてあった一台の黒いかまどに目が行く。
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【魔力かまど】
燃料の代わりに魔力によって調理を行うかまどです。
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ティーミスはかまどから、食べ物と言う単語を連想する。
ティーミスは、液体はダンジョンの中で強奪したポーションを最後に、固形物はキエラと共に食べた最後の夕食以後何も口にしていない。
普通の人間ならば、とうの昔に餓死しているだろう。
「…そろそろ、何かを食べないとまずいですかね。」
ティーミスは今残機を持っていない。
命は大事にしなければ。
ティーミスは狩りに出掛ける為に、空中にナンディンを出現させる。
弓を持って普通に出掛けるだけでは、獲物はおろか虫の一匹すらティーミスの気配に怯えて逃げ去ってしまう。
必要なのは速度だ。
「…お腹がゴロゴロする理由ってもしかして…」
ティーミスはふと、兵士の代償ダメージの事を思い出す。
主に代償ダメージは、腹部に痛みを齎す物だ。
そのせいで内臓を痛めてしまったか、でなければ、ティーミスが忘れているだけで、まだダンジョン攻略途中の兵団が居るかのどちらかだ。