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独占欲

「…私はもう…壊れてしまった方が良いのでしょうか…」


精神世界の中。

ティーミスは妄想の中で、自問自答を繰り返す。

ティーミスの首筋に、冷たく細く硬い物が当てがわれる。

背後から、ピスティナが自身の短刀をティーミスの首筋にぴったりとくっつけている。


「お前は一体何人殺してきたと思っている。自分だけ苦しみから逃れるつもりか?この卑怯者が。」


「…そうですよね。私だけが逃げるなんて。そんな虫のいい話、あって良い訳が…」


ピスティナが、何か大きな力によってティーミスの前方まで吹き飛ばされる。

ティーミスの傍には。いつの間にやらカーディスガンドが座っていた。


「ツミ…ダト?」


「!?」


カーディスガンドは、ゆっくりと立ち上がる。


「ヒトハ…コロシヲ…ツミトヨブガ…オマエハ…ヒトデハナイ…タダノニンゲンダ。

イキヤスイヨウニイキテ…ソシテ…シネ。コノ…ワレノヨウニナ…」


生きやすい様に生きて死ぬ。

それが今の、ティーミスの目指す先だった。

悪夢にうなされない為にトラウマの元を処刑し、自尊心と命の保証の為に帝国と戦い、その他の敵は、後からどんどん増えてきただけだ。

果たして、生きる為に必要な罪は罪たり得るだろうか。


「クルシケレバ…ツラケレバ…イラナイモノハ…ステサッテシマッテ…ヨイノデハナイカ?」


「…要らない物…」


人間としての全ての権利を剥奪されたティーミスに、人間性など必要だろうか。

人という概念を失った、人間と言う動物に成り下がったティーミスに、果たして必要だろうか。


「私も、貴女みたいなモンスターになれますかね。」


「…サアナ…」


どの道を選ぼうとも、決断にどんな結果が伴おうとも、全てティーミスだけの物。

失敗したら一人で泣いて、成功すれば一人で幸福に浸る。

誰かと共有する事も、分け合う事も無い。


「…貴女はどう思いますか?」


ティーミスの周囲には、ピスティナの姿もカーディスガンドの姿も無い。

代わりに、ティーミスの前方にはシュレアが佇んでいる。


「…思い悩まなくても、スタンスなんて勝手に決まると思いますの。

貴女を心優しくしている物が不要かどうかなんて、誰にも分かりませんわ。」


「…」


「とにかく、私達を殺したからって、調子に乗らないで下さいまし?

貴女はまだ、完璧生命体でも何でも無いのですからね。」


「…それも、そうですよね。ふふ…」


仮に人間性を捨てる選択をしたところで、そんな物を一朝一夕で手放せるとは到底思えない。

成るように成る。

いつか、母が口にした言葉。


魔剣を杖代わりに、ティーミスは雪原の上で立ち上がる。

魔剣に湛えられた黒い炎が、軽く周囲の氷を溶かし湯気を作る。


「…独り占めしてやります…あの方達の持っている物全部、小石一つ残らず奪い取ってやります…」


独り占めは、独りぼっちの特権だ。



〜〜〜



某所。

とある洞窟型ダンジョン。

3人の冒険者の男女が、洞窟の壁を背に、互いに身を寄せ合い各々の武器を構えている。

黒塗りの暗闇と魑魅魍魎の呻き声が、3人を包んでいる。


「…ポーションは後どんくらいだ…?」


リーダーである剣士が、傍で残り少ない魔力を杖にかき集めている僧侶に向けて問い掛ける。


「この一本で最後よ。…助かるとしたら、一人だけね。」


斧を構えた重戦士が、なんて事の無い事の様に告げる。


「此処は投票制にしようか。俺は当然、リーダーに一票だ。」


女僧侶も。重戦士に続く。


「あいつに負けるのは悔しいけど、あんたにはレナータが居るでしょ?」


剣士に票が二つ集まり、同時にそのパーティの運命は決定する。


「待ってくれ!お前らを見捨てる事なんて…」


「《高速化(クイック)》《堅化(ディフェンシブ)》…ありったけの魔力だよ。少ないけど、受け取って。」


「待て、そんな事をすれば…」


「大丈夫。私達は大丈夫だから。ほら、飲んで。」


僧侶から差し出された赤い液体の入った小さなビンを剣士は断るが、小さな手によって受け取られる。


「!?」


何処からか現れた、少し扇情的な格好の少女が、当たり前の様にその最後のポーションを飲み干して行く。


「ゴク…ゴク…ゴク…」


飲み干され空となったビンが、そっと僧侶に返される。


「…けぷ…出口なら向こうに作っておきました。宜しければ使って下さい。」


たまたま見かけた人物に道を教える様に。ティーミスはなんて事の無い様にそう告げる。

実際、ダンジョンの壁をぶち抜き即席の出口を作る事など、ティーミスにとってはどうって事は無いのだ。


「…君、一体何処から…」


戸惑った様子の僧侶が恐る恐るティーミスに問いかける。

が、そんな問いかけは、一行を取り囲む魑魅魍魎のどよめきによって掻き消される。


“グルルル…”


腐緑色の毛並み。薄ピンク色の小さな手足。ミミズの様に細い尻尾。長く角ばった二本の前歯から漏れ出るのは墨色の瘴気。

冒険者の間では瘴気鼠と呼ばれている、強力な魔物である。


ーーーーーーーーーー

【枯脈の住人】

かつての魔脈道に住み着いた、巨大な鼠のモンスターです。

【ポイズンミスト】や【ドレイン】と言った多彩なスキルによって、縄張りへの侵入者に喰らい付きます。

あなたより格下のモンスターです。


ーーーーーーーーーー


ティーミスはジト目気味に、そのグロテスクな鼠を見つめる。

この鼠の事ならば、『冒険学』の教科書で読んだ事ある。


「あ…貴女って…まさか…」


ティーミスは、壁に背を擦り付けながら慄く女僧侶の方を見る。


「すみません。貴女、《クレンズ》か、でなければ《キュア》は使えますか?」


「へ…あ…その…バフ系呪文なら…」


「残念ですが、それではポーションが幾らあっても足りませんよ。彼等と相対する上で必要なのは状態回復魔法です。」


別にティーミスは、冒険者の職に就こうとしていた訳では無い。

ただ学校で習ったから、ただテストに出ると言われたから、覚えただけだ。

ティーミス自身は、今後一生使う事も無いだろうと思っていた知識。

やはり、知識と言うのはいつどう使うか分からない物だ。

最も今回は、ティーミスの生存自体には何の関係も無かったが。


“キシャエエエエエエエ!”


鼠が一匹、ティーミスに飛び掛かる。

ティーミスは飛び掛かって来た鼠の首を強引に掴むと、鼠をそのまま壁に叩きつけ潰す。

別な鼠は、黒紫色の毒霧を吐き出す。

その悪臭にティーミスは少し顔をしかめるが、下級モンスターの《ポイズンミスト》など、ティーミスが身に宿す毒物に比べれば些細な物だ。


「と…とにかく、今の内に逃げるぞ!」


3人の冒険者達は、先程ティーミスに指し示された方へと駆け出して行く。

出口までの道は、既にティーミスが通った道。

掃討は完了しており、出口までの道には鼠の一匹すら姿を現さなかった。


「…此処には、どんな物があるんですかね。」


人がダンジョンに潜る理由など決まっている。

最深部に眠る財宝。強大なモンスター。そして、ギルドからの多額の報酬。

ティーミスの目当ては、ある意味ではこの全てだし、ある意味では、財宝以外には特に目的は無い。

ティーミスの目的は、組織を一つ“正当に”麻痺させる事だ。

有り余る戦闘能力を持ったティーミスだから可能な事だ。


「…なんだかお腹がゴロゴロします…」


先程飲んだポーションは、どうやら粗悪品らしい。

又は、この暗く湿った洞窟の中での薄着が原因か。


ティーミスは直感のままに、洞窟の中を下へ下へと下って行く。

一階層ごとの広さはそこまででは無いが、地下深くに進んでいく構造となっている。

こう言った構造の場合は、殆どの場合ボスは最下層に鎮座している。

これも『冒険学』知識の賜物だ。


「…一人…いえ、二人やられちゃったみたいですね。」


ティーミスは腹をさすりながら、忌々しそうにポツリと呟く。

このダンジョンには、ティーミスしか居ない。

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