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雪中行軍

ごわついた毛布の感触の中、ティーミスはゆっくりと目を覚ます。

目を覚まし最初に見た物は、透き通っている様で向こうの景色は見えない氷の壁。

最初に感じた物は、冷たい物で四肢を固定される不快感と、素肌に当たるごわついた毛皮の感触。それと、肌を突き刺す極寒。


「…?目を覚ましたの!?」


「気を付けろ。人間は何をするか見かけじゃ分からない。」


ティーミスが最初に聞いたのは、若い男女の話し声。

重たい首枷を持ち上げる様に、ティーミスは若干その頭を起こす。


つんと尖った耳。青白い肌。引き延ばした硝子の様な銀髪。極寒の地には実に不似合いな、ゆったりとした薄布の服。見た目は20前後ほどで、男の方の背中には、大振りな弓が背負われている。

スノーエルフ。

今や絶滅寸前の、雪と氷の地を好む亜人種だ。


「…“ごろごろ”…」


ティーミスは何かを話そうとしたが、首枷がきつく声が出ない。

代わりに、締められた喉から空気が抜ける苦しそうな音だけが響いた。


「もう…やっぱりこれじゃあ可愛そうだわ。」


女エルフが、ティーミスの首枷に手を翳す。

ティーミスの首にはめられていた氷の枷が一瞬で弾け砕け散り、跡形も無く消え去る。

スノーエルフの種族特性は、氷魔力との親和性が高くなる《氷神樹の加護》だ。


「ふぅ…ごめんね、トシュが、人間は危険だー!とか言って…」


「当たり前だ!奴らは、俺たちから住処を奪い、食べ物を奪い、時には命すらも!」


「皆んなが皆んなそうとは限らないでしょう?だって、人間は私達の百倍以上居るのよ?」


「ふん、どうだかな。」


二人が夫婦か恋仲か、はたまた兄妹かは判らないが、仲が良いと言う事は分かった。

ただ、それ以外の事は何一つ分からない。

此処が何処で、自分が何故拘束状態で介抱されているのか。

今のティーミスは、疑問符に溢れている。


「その、泊めて貰った身で大変恐縮なのですが、この枷も外して頂ければ…」


ティーミスの呼び掛けに先に反応したのは、男の方だ。


「仲間がお前を雪原で見つけたから一先ず捕獲しただけだ。

侵略者の斥候と言う可能性があるからな。その毛布はノイが勝手に掛けた物だ。」


「だって、人間は寒さにも暑さにも弱いって言うじゃ無い?凍っちゃったら大変でしょう?」


ティーミスの記憶では、スノーエルフは極圏に住んでいる筈だ。

確かにナンディンは速かったが、オーロラの見える場所にまで移動した覚えは無い。


良く見れば、晴天にも関わらず雪が降っている。

この現象に、ティーミスは心当たりがある。


(…成程、あの監獄ですか。)


世界と言うのは実に不可思議で、いくら突飛な環境変化が起こっても、時が経てば自然とその環境に相応しい生命体が現れるのだ。

一体、何処からどう現れるのか。

実に不思議な物だ。


「その、そろそろ帰してくれませんか?今日何をするかは特に決めてませんが忙しいんです。」


「駄目だ。お前は人間どもが来た時の為に、捕虜として取っておく。」


「…捕虜?」


「ああ。同種族が囚われているのだ。流石の人間とて攻め難かろう。」


「……」


彼らにとって、同種族とはどんな物なのだろうか。

家族かそれに近しい存在なのだろうか。

少なくとも、人間には無い感覚である事は間違い無い。


「人間が来るんですか?」


「じきに、此処を占拠する為にな。ああ、こんな時に人の子を手に入れる事が出来たとは…

きっと、氷神樹様が我々を守ってくださっているのだ。」


「…その…」


私を捕まえても、此処を本気で攻め落とそうとする人間は止まらないと思う。

ティーミスは、そんな台詞をぐっと飲み込む。

何処に何が住もうが、何と何が戦うかなどティーミスの知った事では無い。

さて、では彼らの“ティーミスを捕らえておきたい”と言う意思は果たして尊重すべきだろうか。

自業自得とは言え、此処は本当に寒い。


ーーーーーーーーーー


【力を失った毛布】

何らかの要因で、かつて宿していた力を失ってしまった魔布です。

強力なアイテムの素材になります。

このアイテムは非売品です。


ーーーーーーーーーー


ティーミスに掛けられている毛布から、小さめのウィンドウが浮かび上がる。

それと同時に、外で鳴り響く重厚な鐘の音が、家を形作る氷を伝い部屋を満たす。


「もう来たのか…ノイ、お前はそいつを見張っていてくれ。俺は集落の戦士達を集めて来る。」


「えっと、絶対に無理しないでね!お兄ちゃん!」


「俺の心配とは、お前も随分と出世したな。」


トシュが手を翳すと、分厚い氷の壁にポッカリと穴が開き即席の出入口となる。

壁に開いた穴から僅かに見えた地平線には、黒い物が見えた。


「…すいません、この毛布貰っても良いですか?」


「え?えっと、それ、私が雪の下からたまたま見つけた物なんだけど…」


「構いません。これが欲しいんです。」


「そうなの?なら、良いけど…」


「ありがとうございます。」


これで、大義名分が出来た。


“ミシ…ミシミシ…バキ!”


ティーミスの手首にはめられていた氷の枷は、力強い音を立てて見る見るうちにひび割れて行く。


「ええ!?」


「…普通の氷より硬いですね…」


氷片を撒き散らしながら、ティーミスの手首は解き放たれる。

大きめの氷片を一つ口に含むと、ティーミスは窓辺から外の様子を眺める事にした。



〜〜〜



「…たく、卑しい連中め…仮にも帝国領だぞ?」


「へへ。ちゃんと村を掃討する理由があるのは有難い事じゃねえか。

スノーエルフって高く売れるらしいぜ?特に若い女がな。」


帝国領への不法移民の掃討、兼、ジョックドゥーム雪原地帯の調査。

それがこの、総勢200名の騎士の一軍に課せられた使命だ。


「お、あれがその集落か?思ったよりもちっさい…」


その時、遥か上空より放物線を描く様に飛来した一本の氷柱が、騎士の胴に当たる。


「あ?」


氷柱は騎士の鎧に当たると不自然なほどバラバラに砕ける。

次の瞬間、その騎士はそのままの姿勢のまま瞬間冷凍される。


「…《凍結矢(フリーズアロー)》!?この距離でか!?」


「エルフの名は伊達じゃないってか?お前ら!武器を構えろ!戦闘開始だ!」


僅かに雪の舞う青空一面に、星の様な輝きで埋め尽くされる。

全て氷の矢だ。


「《フレイムウォール》!」


一団を守る様に、騎士団の前面に巨大な炎の壁が聳え立つ。


「タネが分かればこちらの物よ。さて…」


「隊長…俺の魔力にも限界ってもんはあるんだぞ!このまま立ち往生は出来ねえよ!」


魔法の維持は勿論の事。

氷の矢を溶かし消すと言う事は、その分だけ熱を消費していると言う事。

幾ら炎の壁と言えど、魔法である以上、耐久値は無限では無い。


「赤魔道騎士。スペルカスタムだ。」


「オーケー。《スペルカスタム・エンチャンティア》!」


先程まで紅蓮色をしていた炎の壁は、蝋燭の炎のような淡い橙色に染まる。


「前衛部隊!進軍だ!」


「「「は!」」」


剣や槍と言った近接武器を持った騎士達が、壁に向かって駆け出す。

壁を通過した騎士には、オレンジ色の光が纏わり付いている。

自身の炎属性を強化し、氷属性に対する耐性を得るバフ、《フレイムエンチャント》だ。

騎馬や疾走によって進軍する騎士達には、当然氷の矢が降り注ぐ。


「うわ、冷て。」


氷の矢は騎士の当たった瞬間、何の変哲も無いただの真水へと姿を変える。


「おのれ…忌々しい魔術師め…」


スノーエルフ側の攻撃は、案の定属性によって対策されてしまった。

分かりきった結果ではあったが、だからと言ってスノーエルフ側に他の対抗策がある訳でも無い。

彼らは騎士達とは違い、戦士では無い。

命からがら故郷を逃げ延びた、ただの十数名の難民。

戦える者は、二桁も居なかった。


「…此処に氷雪狼でも居れば…」


「まずいぞ!奴らが来る!」


トシュが徐に、怯えるスノーエルフの戦士達の前に出る。


「…《フリージアソード》!」


あの大軍勢に向かって、こちらには捕虜が居ると宣言した所で意味は為さないだろう。

多勢に無勢。勝ち目は無い。

ならばせめて、


「…お前らは早く逃げろ!」


「…トシュ…まさか…!」


「人間の軍勢如き、俺一人で十分だ!だから…お前らは早く!」


人間とスノーエルフでは、確かに基本スペックの差はあった。

だが、この状況を覆せる程では無い。

単身で軍と戦うなど、いくら熟達した戦士でも不可能だ。


「手柄の独り占めなんてあんまりだぜ。トシュ。…俺達も付き合うぜ。な?」


「おう。此処は絶対に守るんだろ?

守って、いつか本土と魔法陣で繋ぐって、お前言ってたじゃんか。トシュ。」


トシュは、怒り半分戸惑い半分で、進軍を続ける軍勢を指差す。


「…お前ら…馬鹿か…?あれが見えないのか!」


「見えてるさ!人間の軍勢なんて、俺たちで余裕だぜ!」


集落の女子供は、既にジョックドゥーム監獄への非難を始めている。

冷気の発生源であるジョックドゥームは、人の身ではそう簡単には立ち入る事が出来無い。

ただ、此処から監獄までは少し距離がある。

時間稼ぎが必要だ。


氷の砕ける音がする。

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