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堕落墜落

商業と娯楽の国。楽園と呼ばれるその国の名は、トゥメイエ。

人々はそこに、一夜の幻か、壮大な夢を抱えて訪れる。

細月の出る真夜中だとしても、トゥメイエの喧騒が止む事は無い。


第三芸能街、大通り。

並ぶ建物は、どれも豪華絢爛な豪邸の様である。

とある伝説のダンサーが此処で路上芸をやっていた事に因み、週末の夜はいつも、大道芸を披露する者とそれの見物客で溢れかえっていた。

この路上サーカスと化した大通りを往復するのが、この小太りの男、ラージーの習慣だった。


(あれから一年も経ったんだ。良い新顔も見つかるだろう。)


キャラバンや楽団を運営する者にとって、こう言った場所はフリーマーケットも同義だ。

有り触れた雑多の中に、時たま逸材が隠れているのだ。


(あの少年は来年も此処に居たら考えよう。あの老婆は…ああ、既に名の知れたお方だ。

…今日はこの辺で切り上げ…ん?)


ラージーの福耳が、彼が人生の中で最も愛する騒音を聴き拾う。

音楽に、硬貨が何処かに投げ入れられる音、そして、大勢の民衆の、実に愉快そうな歓声。

近くで宴会でもやっているのか、いや此処にそんな店は無い。

ラージーはくるりと思考を回しながら、音楽に誘われる様に歩みを進める。


大通りの外れ、普段は殆ど人の居ない筈の場所が、今宵は一際高賑を見せていた。

こんな事が出来る人物ならば、きっとラージーの顔見知りに違い無い。

一体誰がこんな事をやっているのだろうかと、ラージーもその観客の中に混じってみる。


「はあ…はあ…ぜえ…ありがとうございました!その…」


民衆の視線を一身に浴びるその踊り子の少女を、ラージーは見た事が無かった。

薄紺色の長い髪に、湖の青をそのまま閉じ込めたかの様な美しい水色の瞳。

恐らく、一目見れば今後10年は頭に残るであろう、女神の様な容姿の少女だ。


「もう一曲頼むよ!最初にやった奴!もう一回!」


「ええ…?そろそろ…死んじゃ…」


アンコールを要求した男の手からは、薄い札束が放り投げられる。

10万ゴル。

大道芸人へと投げる小遣いにしては、かなりの大金だ。


「こんなに…?いやでも…」


「頼む!本当にこれで最後で良いから!」


「…はぁ…最初みたいに行かないかも知れませんよ?」


「良いって良いって!」


「…分かりましたわ。」


少女は、肢体に流れる汗を振り払う様に数回の準備運動をすると、これまたラージーの見た事の無い姿勢をとる。

顔の前で指を組み、祈りを表現している様だ。

少女の傍に座る二人の男が、それぞれ笛と太鼓を構える。

彼らの服に付いた紋章ならラージーも知っている。

此処らでは有名な、雇われ画楽団のメンバーだ。


少女が合図をすると、楽団員は笛と太鼓の演奏を始め、少女は演奏に合わせる様にその肢体を動かし始める。

その舞も、その少女と同じくラージーの知らない舞だった。

演目の名前はおろか、大凡の文化圏すらも思い当たらないのは、ラージーも始めての事だった。

相当遠方から来たのだろう。


「…おお…」


ただ、今のラージーにはそんな事はどうでも良かった。

その、扇情的な衣装と恥じらいを帯びた表情から繰り出される、どこか清楚な舞に、ラージーも又ただ一人の観客として、ただ心を奪われる他無かったのだ。


(はう…関節に来る…)


キエラは、今まで運動不足だった自身の体の限界と戦いながら、投げ入れられる硬貨の音を励みに舞続けている。

ティーミスと別れた後、キエラは村を二つ程回った後に、生きる糧を求めこのトゥメイエへと至った。

今は此処で踊って、宿代を稼いでいる所だ。

キエラは今まで、神に仕える身としてならば何度か舞を捧げた事がある。

否、舞と言うよりもそれは、決められた姿勢をこなすだけの儀式めいた物だが。


本来なら、時間の流れによって忘れ去ってしまう様な些細な出来事。

ただ幸いにも、特段心動く経験の少ない人生を歩んできたキエラは覚えていた。

初めはうろ覚えの舞を再現していただけだが、他の踊り子を見ているうちに、次第にその舞は誇張され、より“踊り”らしく歪んでいった。


キエラの舞は、踊りとしては決して素晴らしい物では無い。

見様見真似故にその動きは、よく言えば初々しく、よく言わぬのならば辿々しい。

それでも、人々はキエラに目を奪われた。

“誘い”と言うよりも“献身”と言う言葉の方が似合うその舞は欲望の街に住む人々には目新しく写ったのもそうだが、何よりキエラには、人の目を惹く才能があった。


永遠とも刹那ともとれる時間が過ぎ去り、キエラの演目は終幕を迎える。

観客から喝采が巻き起こり、キエラは精根尽き果てその場でドサリと、尻餅をつく様に座り込む。

修道女として生きるよりもずっと苦労が多いが、同時に達成感も大きいらしい。


「君!」


なにかを考えるよりも先に、ラージーは行動に走る。

今までキエラに釘付けだった大衆の視線が、一斉にラージーに集結する。

今此処でこの出会いを逃してしまえば、キャラバンにとって、或いはこの国にとっての相当な損失になるだろう。


「……?」


「宜しければ、私の楽団に来てみないかい?

ああ、自己紹介が遅れた。私の名前はラージーとでも呼んでくれ!と、とにかく、話だけでも聞いて欲しいんだ!」


高揚と緊張で胸が満たされる。

ラージーにとってそれは、数年振りの感覚だ。


「マジかよ…生スカウトじゃんか!」


「お前、やったな!」


キエラを中心に、場のボルテージが見る見るうちに上がって行く。

ただ一人キエラだけが、場の雰囲気に取り残されていった。



〜〜〜



ティーミスは裸足のままナンディンにまたがり、時速1700kmで大きな円形を描く様に夜の天を駆けている。

音速を優に突破する速度だが、やはりティーミスに慣性の力が襲い掛かる事は無い。


「ひ…ひぅ…ひぃ…!」


恐怖に引きつった途切れ途切れの悲鳴をあげながら、ティーミスは必死に手綱を握り締め、神経を研ぎ澄まし速度に慣れようとする。

ティーミスは、ナンディンの大まかな操作方法なら大体把握した。

右は右折、左は左折。これは一般的な騎馬術と大差無い。最も、ティーミスは普通の馬には乗った事が無かったが。

問題はそれ以外だった。

普通の騎術では停止を意味する筈の手綱の引誘は上昇。緩めれば下降。停止と加速は、手綱の握り加減で調整を行う。

もしもティーミスに少しでも騎馬の心得が有ったのなら、慣れるのにはもう数日掛っただろう。


(速すぎる…でも、だんだん頭と目が追いついて…!)


ーーーーーーーーーー


騎乗用ナンディンに以下のデバフが付与されました。


【ガス欠】24h00s

使用不可。

【罪素燃料】1つ使用で12h短縮。


ーーーーーーーーーー


「…にぇ?」


ナンディンの装甲の継ぎ目から漏れ出る赤い光がゆっくりと消灯していく。

先程まで音速超えの走行をしていた筈のナンディンは唐突に停止し、浮力を失い頭から落下を始める。


「きゃあああ!?」


叫んでいる暇など無い。

ティーミスは先ず、ナンディンの真下にアイテムウィンドウを開きナンディンを収納する。

重力のままに落下する状態になったティーミスは次に、何か方法は無いかと考える。

いくらティーミスと言えど、大気圏スレスレから地面に叩きつけられればタダでは済まないだろう。


(落ち着いて下さい…こんなにいっぱいスキルがあるんです。何かきっと…!)


ティーミスは深呼吸をし、己が身を黒い霧の繭に閉じ込める。

黒い霧は内側から払われるように吹き飛ばされ、ハーピィの姿に変わったティーミスが現れる。

上昇や飛行と言った高度な事は出来ないが、滑空や着陸ぐらいなら可能だ。


翼を広げ、出来るだけ角度を緩やかにとり、可能な限り落下の衝撃を抑えるように体勢を変化させる。

最悪重力と地面に摩り下ろされるのだが、何もせず地面で潰れるよりはまだ希望はある。

降下は続く。


「?」


かなり高度は下がった筈だが、何故だか気温が上がった心地がしない。

よく見ると、地面が夜でも分かるほどに真っ白だ。

ティーミスは、ジョックドゥーム近隣の雪原にまで来ていた。


“ザザザザザ…ドサリ!”


降り積もった雪面に、ティーミスの身は擦り付けられる。

1km程の太い轍を残しながら、ティーミスはその雪原に着陸、否、不時着、否、墜落する。

轍の先端で、意識を失い倒れるハーピィのティーミス。

そんなティーミスの身体は黒い霧に包まれ、ティーミスは元の少女の姿に戻る。

幸いにも、新雪と言うのはクッションの様に柔らかいものだ。

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