ベター
「次で最後ですか。…案外行けそうですね。」
炎をあげる建物の屋上から飛び降りながら、ティーミスは立派なフラグを立てる。
ティーミスは炎上する建物を駆け上がる際に、《血の池の宴》で得たエクストラHPを使い果たし、さらに素足で走っていた為、足を火傷してしまっていた。
「《血の池の宴》。」
ただし、ティーミスは今し方精霊の群れを全滅させたばかり。
さらに言えば、ティーミスのスキルは魔力も使わなければクールタイムもほぼ無い。リソースさえあれば、いくらでも連発できた。
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体力が全回復しました。
エクストラHPを4921獲得しました。
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血酒の最大数は今の所5000。満杯状態からの宴だ。
「…来ましたか…」
一本道の先から、ただならぬ熱気と気配が飛んでくる。
炎の中から現れた、人型の炎。
白と緑の胴当て。同じ素材の籠手。そして赤熱する大剣を持っている。頭に当たる部分にある二つの白点が、見開かれる様に浮き出ている。
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【憤怒の精霊王・ピグナッツ】
憤怒の炎を司る、上級精霊。
鋼をも溶断する魔剣で、精霊殺しの罪人に裁きの炎を下す。
あなたより格上のモンスターです。
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(格上…ですか…?)
さらにもう一体、ピグナッツの傍を大柄な四足獣が同行していた。
巨大な炎の鬣と、マグマがそのまま形を成したかの様な光を放つ身体。
それは、炎のライオンだった。
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【怒炎の聖獣 マ=モス】
憤怒と獄炎の化身たる聖獣。
神聖なる炎により聖域を守護し、精霊殺しの罪人を、跡形もなく滅却する。
あなたと同格のモンスターです。
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(と…取り巻き付きのボスなんて聞いてませんよ!)
この煉獄の中、ティーミスは冷や汗を垂らす。
しかも更に厄介な事がある。
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高温により、徐々にあなたの体力が削り取られていきます。
現在のエクストラHP 4918…4917…4916…
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“ゴガアアアアアア!!!”
マ=モスが咆哮とともに、その口から巨大かつ高速の火球を吐き出した。
ティーミスは間一髪で避けるが、背後にいたアーチャーの一人に直撃した。案の定、アーチャーは一瞬で弾け飛ぶ。
「ぐっふ!」
兵を失った際のダメージは、エクストラHPではなくティーミスに直接届くらしい。
これは危ないと、ティーミスは残ったアーチャーをリリースした。
アーチャーは溶け消えるが、この場合は代償ダメージは無い。
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《強者への嫉妬》が発動します。
HP以外の全パラメーター+650
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(落ち着いて下さい。…祈祷師の時も、私よりずっと格上だったじゃ無いですか。行けますよ。きっと。)
ティーミスはその顎腕を持ち上げ、ピグナッツの方に構える
とその瞬間、ピグナッツはティーミスに迫り切り掛かっていた。
ガツンと一つ衝突が起こったが、ティーミスの顎腕が先手を取り、ピグナッツに至近距離から瘴気のブレスをこれでもかと浴びせる。
霧が晴れて見えたのは、腕をがっちりと合わせ、その籠手でブレスを防ぎ切ったピグナッツの姿だ。
“……!”
怒りに震えるピグナッツの大剣が、ティーミスの顎腕と二度ぶつかり合う。
「ひ!ち…近いです!あっついですよ!」
ティーミスは顎腕でピグナッツの大剣を受け止めるが、そのつばぜり合いを狙いマ=モスが火球をティーミスに放つ。
「…ぐ!?」
顎腕を逸らせ、ギリギリのところでその火球も弾く。
がしかし、ティーミスの顎腕に、右腕に焼けるような激痛が走る。熱によって内部まで焼かれたのだ。
ティーミスは、腕が蒸し焼きになる前に顎腕を解除し、ピグナッツからも距離を取った。
ピグナッツの瞳が、ティーミスの瞳を真直ぐと睨んでいる。そう、それがピグナッツの敗因だった。
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あなたの魅力が対象の耐性を上回り、《隷属への褒賞》が発動しました。
任意のタイミングで、【憤怒の精霊王・ピグナッツ】を拘束できます。
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ティーミスの瞳は、妖艶な桃色から紫にかけてのグラデーションを帯びていた。
ピグナッツは何も知らずに、マ=モスから何かのバフを受け取り再び切りかかる。
「…私の魅力が…上回って…」
ティーミスは人差し指を、シーをするようにぴんと立てる。
と、先ほどまで此方に駆けていたピグナッツは、何かに化かされたかのようにその場で立ち止まってしまった。
憤怒の大精霊ピグナッツは、これよりティーミスの隷属だ。
とはいえティーミスは今、ピグナッツを従わせるためのスキルは持っていないが。
ティーミスは、ただぼんやりとそこ立つだけのピグナッツに歩み寄り、鳩尾から悪魔の腕を伸ばした。
「…さようなら。精霊王さん。《残機奪取》。」
炎の体の中に、ティーミスの奪いの手が突き刺さる。
と、ティーミスの頭に、不思議な情景が次々と浮かび上がってきた。
“…エ…リーゼ…”
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「何!?ンディワード伯爵も奪い返された!?」
新スティーン王国、第七精鋭騎士団。通称ブレイズ。
それを率いるは、炎の魔剣を背負い、プラチナとヒスイの鎧を着こんだ青年。
王国直属第七精鋭騎士団隊長、炎帝ビスク・ツィーゼその人であった。
新スティーン王国と、旧スティーンことアドメンツ連邦との間で巻き起こった戦火は、今や世界全土を包み込む大戦と化していた。
地上では毎日のように戦闘が勃発し、水面下では両国の間で、戦争のスポンサーとなる有力貴族の奪い合いも活発化、まさに世界情勢は混沌そのものだった。
「隊長…このままでは、西の連中に足元を掬われ、エードヘン沿岸の拠点を捨てざるおえなくなります!」
「拠点一つで済むとも到底思えません!この状態を放置すれば、アバディス地方を乗っ取られ、しまいには主要都市が狙われる未来が目に見えておりますぞ!」
「…」
「隊長!ビスク隊長!」
「分かっている!…少し、考える時間が欲しい。」
前線基地、兵士詰め所にある作戦室から、バスクは一度出ることにした。
そこら中に重火器の残骸があり、木々だった物が土の上に倒れ、乾いた砂を被っていた。
「あらビスク。また考え事?」
「ああ、エリーゼか。」
前線基地に派遣された女性ヒーラー、エリーゼが、ポーションを運ぶ手を止めビスクに声を掛ける。
「何でもない。少し、頭でっかちどもを黙らせる方法を考えていてね。」
「もー、そんな事言わないの。あの人たちだっていつも頑張ってるんだからー」
「ふ…エリーゼがそういうなら、そうなんだろう。」
エリーゼとビスクは、何の巡りあわせか、よく同じ戦場に派遣された。それも、五度や六度ではない。
ビスクは前線で、エリーゼは後方で、共に死線を超える中、二人の関係は次第に強固なものになっていった。
今やそれは戦友を超え、互いに思いあう関係になっていた。
「…エリーゼ、話がある。」
「ん?なあに?」
「…今回の出撃は、正直言って強硬手段だ。失敗すれば、恐らくはブレイズと北西部の七拠点は終わりだ。…だから…」
「そう、頑張ってね。」
「?」
「だって貴方は、千の戦を超えた獄炎の英雄王でしょ?それに、私だって居るんだから。
失敗したら、その時考えれば良いんじゃない?そのほうが効率良いでしょ?」
「ふ…全く能天気な。」
「貴方が私をこうさせてるのよ?ヒーラーの私に、ちっとも甘えてくれないんだもの。
…貴方が居れば、私も…ううん、皆、自分と仲間への自信が湧き出るの。分かる?」
「…だな。じゃあ、俺もたまには、お前に甘えてみるよ。一つ、頼み事をしていいかい?」
「なあに?」
「今回のアバディス確保作戦が上手く行ったら…」
ビスクは、いつでも取り出せるように、常に鎧の内側に仕込んでいた小箱を取り出す。
「お前に、一生甘えさせてくれ。」
「…ビスク…?」
小箱はパカリと開口し、光り輝く小さなトパーズの指輪がその姿を現した。
「この戦争が終わったら…。」
「…」
エリーゼはガシリと、ビスクを鎧ごと抱擁した。
「もう!絶対に貴方を死なせたく無くなったじゃない!」
それは、間もなく終わりを迎えようとしている世界の片隅で囁かれた、なんてことの無い、ありふれた愛の物語だった。
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“…エリーゼ…”
「……はい。」
ティーミスは、《血の池の宴》のエクストラライフに任せて、ピグナッツを抱きしめる。
“結婚…しよう…”
「…ええ、ビスク。」
ティーミスは、優しく命を握る腕を引き抜いた。
人の形を成した炎がはがれ、金髪の青年が現れる。
「甘えても…良いかい…?」
「ええ。二人で幸せになりましょう。」
ティーミスは、優しくビスクに囁いた。
「ああ…エリーゼ…」
煉獄の世界に、ビスクだった灰はあまりにも儚く、美しく映えた。
複数端末で執筆しているので、もしかしたら数字のフォントにばらつきがあるかもしれません。
もし身にくい場合は、遠慮なく教えて下さい。可能な限り修正してみます。